R18短編小説

妻との馴れ初め、何度も重なった偶然

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執筆:編集部(原記事に基づく再編集) 編集部による品質基準審査済み
妻との馴れ初め、何度も重なった偶然

妻との出会いを、少しだけ振り返ってみようと思う。

今、ユアと並んで週末のサッカー場に立ち、息子の走る姿を見守っていられるのは、あの頃の偶然が何度も重なったからだ。家では甘えん坊で、時に大胆で、こちらがたじろぐほど素直な顔を見せるユア。そんな彼女と家族になったことが、まだ時々、夢みたいに思える。

最初のきっかけは、中学三年の夏だった。長野の菅平でラグビー部の合宿に参加していた僕は、毎日の練習が終わるたび、洗濯物を気にしながら夜食を買いに行き、合宿所に戻っては黙々と片づけをしていた。疲れ切っていて、誰かに声をかけられるなんて、想像もしていなかった。

最終日のミーティングが終わったあとだった。見知らぬ女子生徒が、少し急いだ調子で「写真を撮ってもらえますか」と声をかけてきた。正直、最初は自分のことだと思わなかった。部員の誰かと間違えたのだろう、と本気で思っていたのだ。

ところが、その子の友達が僕の前に立ち、半ば急かすように「早く撮っちゃおう」と言った。後輩がカメラを構え、僕の横にいたその子たちは、撮影が終わると足早に去っていった。あとから後輩にからかわれたが、その時の僕には、何が起きたのか本当にわからなかった。

「なんで自分なんだろう」

そんな疑問だけが、しばらく頭の中に残った。ラグビー部には、もっと目立つ先輩も、かっこいいやつもいる。なのに、なぜ僕だったのか。結局、そのまま合宿は終わり、帰りのバスに乗り込むことになった。

バスが動き出したころ、さっきの女子たちが外から手を振っているのが見えた。ラグビー部の仲間に背中を押され、僕もなんとなく手を振り返した。あの時の僕は、まだそれが誰に向けたものだったのか、ほとんど理解していなかった。

実際、僕はその子のことを、ずっと別の友達だと思い込んでいた。声もちゃんと覚えていなかったし、顔の印象も曖昧だった。だからこそ、後になって何度も思い返すことになる。あの合宿で、最初に僕へ興味を持っていたのは、ユアだったのだと。

東京に戻ってからは、僕は高校に進み、ラグビーはやめた。スポーツに打ち込む生活から少し離れ、進学や将来のことを考えるようになっていた。ユアのことは、正直、ほとんど忘れていた。忘れていたというより、あまりにも印象が薄く、記憶の片隅に追いやられていたのかもしれない。

再会は、高校一年の文化祭だった。

友人の一人が、妙に慌てた様子で僕のところへ走ってきた。「アオにお客さんが来てる」と言う。最初は、誰かのいたずらだと思った。けれど「すごく可愛い」とまで言われると、さすがに気になってしまう。暇を持て余していたこともあって、僕は半信半疑のまま、その場所へ向かった。

そこにいたのが、ユアだった。

あまりの印象の違いに、言葉が出なかった。中学の合宿で見かけた時とは、雰囲気がまるで違う。制服姿の彼女は、すっかり垢抜けていて、目を奪われるほど可愛かった。しかも、僕のことを当然のように知っている様子だったから、余計に混乱した。

「久しぶり」

そう言われても、すぐには思い出せない。僕が戸惑っていると、隣にいた友達が笑いをこらえるのが見えた。そこでようやく、長野で会ったあの子たちの顔がつながった。あの時、僕の前にいたのはユアで、連れてきた友達は別の子だったのだ。

「わたしじゃないでしょ、ユアでしょ」

そんなやり取りのあと、彼女は少し不満そうにしながらも、文化祭の校内を案内してほしいと頼んできた。だけど、僕はなぜかその場を早々に離れてしまった。あまりに可愛すぎて、どう接していいかわからなかったのだ。目立つのも嫌だったし、隣にいるだけで落ち着かなかった。

その後、ユアは僕の学校を別の友達に案内してもらったらしい。あとで聞いた話では、彼女は「ラグビーをやめて少し太った」と、なかなか手厳しい感想を残して帰ったという。あの頃の僕は、その言葉を笑って受け止める余裕もなく、ただ「なんなんだ、あの美人は」と頭を抱えていた。

三度目の再会は、大学の新歓コンパだった。

エスカレーター式に進学した僕は、大学でもゼミに所属していた。乾杯のあと、自己紹介が始まり、その中にユアの姿があった。名前を聞いた瞬間、胸がざわついた。まさか、あのユアが同じ場にいるとは思っていなかったからだ。

「同級生だったのか」

周囲は面白がっていたが、僕はそれどころではなかった。ユアの視線が、明らかにこちらを向いていた。どう考えても、歓迎のまなざしではない。高校の文化祭での失礼な態度を、彼女はまだ覚えていたのだろう。

結局、その頃の僕とユアは、ほとんど話をしなかった。ゼミ生活の中で交わした会話といえば、ほんのわずかだ。けれど、彼女は高校の時に案内してくれた友達と連絡を取り合っていたらしく、僕がどの学部に進んだのかを知っていたという。気づかないところで、距離だけは少しずつ縮まっていたのかもしれない。

本当に関係が変わったのは、大学を卒業して四年ほど経った冬だった。

その年、母が亡くなった。僕は、母に国家資格を取る姿を見せたいと思っていた。けれど、気持ちばかりが先に進み、結果を見せる前に別れが来てしまった。葬儀が終わり、家に戻っても、喪失感は簡単には消えなかった。

ひどく静かな夜だった。誰かの声が聞きたくて、ふと、大学時代に登録したままになっていたユアの番号へ電話をかけた。深く考えていたわけではない。気づけば指が動いていた、という方が近い。

「ユアさんですか」

「そうだけど。今さら何の用?」

返ってきた声は、思った以上に冷たかった。そりゃそうだ、と思った。突然の電話で、しかも今までろくに連絡もしていない相手なのだから。僕はすぐに謝ったが、通話はあっさり切られた。

情けなさと後悔が一気に押し寄せてきて、僕はその場で泣いた。自分でも驚くくらい、みっともなく涙が出た。母のことも、ユアに迷惑をかけたことも、全部が重なっていた。

その年は、悲しみを紛らわせるように勉強に没頭した。結果として、国家資格にも合格できた。あの時の集中力は、きっと失ったものの大きさに押されていたのだと思う。何かを掴まなければ、前に進めなかった。

そして、その冬の終わりに、ゼミのOB・OG会が開かれた。

久しぶりに会う仲間たちは、僕の合格を喜んでくれた。少し遅れた挑戦だったけれど、ようやく形になった。その場の空気は温かく、母のことを思い出しながらも、少しだけ肩の力が抜けた。

酒が進み、そろそろ帰ろうかと考え始めた頃だった。

「久しぶり」

振り向くと、ユアがいた。

僕は、あの時の電話を思い切って謝った。いきなり連絡してしまったこと、礼儀を欠いていたこと、もう二度と迷惑はかけないつもりだということ。できるだけ短く、でも誠実に伝えた。

すると彼女は、僕がなぜ電話をかけたのかを尋ねた。そこで初めて、僕は母を亡くしたこと、声が聞きたくなったことを話した。みっともない理由だと思ったが、隠しても仕方がない。

しばらくして、ユアの目に涙が浮かんだ。

僕は意味がわからず戸惑ったが、彼女は泣きながら、僕の母のことが悲しかったこと、そして何より、自分に電話をしてくれたことが嬉しかったのだと話した。

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんと熱くなった。僕はずっと、ユアのことを近づきがたい人だと思っていた。人気があって、可愛くて、手の届かない存在だと勝手に決めつけていた。でも彼女は、そんな僕の弱さを受け止めてくれた。

「私は、いいやつになりたかったんじゃない。あんたの彼女になりたかったの」

そう言われた時、ようやく気づいた。ずっと余裕ぶっていたのは僕の方だったのだと。彼女はとっくに、僕に向き合っていた。

店を出て、静かな場所まで移動すると、僕は改めて気持ちを伝えた。好きだと。付き合ってほしいと。遅すぎるくらいだったが、それでも言わなければ始まらないと思った。

ユアは少し間を置いてから、遅い、と笑った。けれどその笑顔は、怒りよりも、ずっとやわらかかった。

その夜から、僕たちは恋人になった。

やがて結婚し、子どもが生まれ、今では家族三人で暮らしている。あの頃は想像もできなかった日常だ。朝は慌ただしく、夜は騒がしく、それでも不思議と満ち足りている。

ユアは、見た目の華やかさとは裏腹に、家では驚くほど素直だ。甘えたい時は甘え、ふざけたい時は全力でふざける。そんな彼女に、僕は何度も救われてきた。母を失った夜も、進路に迷った時も、仕事に追われて心が荒れた時も、いつだって彼女は僕の隣にいた。

週末、息子のサッカーを見守りながら、ふと横を見ると、ユアが笑っている。あの長野の合宿で、たまたま写真を求められた中学生が、こんな未来を迎えるなんて、誰が想像できただろう。

昨日の夜も、子どもを寝かしつけたあと、ユアは少しだけ大胆な顔をして僕の前に現れた。黒を基調にした装いがよく似合っていて、思わず見とれてしまった。結婚して何年経っても、こうして心を動かされる瞬間がある。

僕たちの始まりは、決して劇的な一目惚れではなかった。勘違いも、すれ違いも、気まずさもたくさんあった。それでも、何度も偶然が積み重なって、最後にはちゃんと一緒になった。

あの合宿の日、写真を撮ってほしいと声をかけられたこと。文化祭で、可愛すぎる女の子に面食らったこと。大学で再び顔を合わせたこと。そして、母を亡くした夜に、思わず彼女へ電話をかけたこと。どれか一つでも欠けていたら、今の僕たちはなかったはずだ。

そう考えると、人生って本当に不思議だ。気づかないところで、誰かがずっとこちらを見ている。こちらが見落としている間も、相手はちゃんと覚えていてくれる。ユアは、まさにそんな人だった。

今では、隣にいるのが当たり前になった。けれど、当たり前になったからこそ、あの日の驚きや、声をかけられた時の戸惑いを、たまに思い出したくなる。

あの頃の僕に教えてやりたい。お前が「誰だろう」と首をかしげたその相手が、いつか人生でいちばん大切な人になるんだぞ、と。

夕暮れのサッカー場で息子を見守る夫婦の穏やかな時間

そして、今もその答え合わせをしながら、僕たちは同じ帰り道を歩いている。

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