R18短編小説

詩音と再会した一週間後、四人で向き合う夜

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執筆:編集部(原記事に基づく再編集) 編集部による品質基準審査済み
詩音と再会した一週間後、四人で向き合う夜

詩音と再会してから、一週間が過ぎていた。

あの夜のことは、まだ体の奥に残っている。言葉にすれば簡単なのに、思い返すたびに胸のあたりが妙にざわつく。大学の構内を歩いていても、講義を受けていても、ふとした拍子に詩音の横顔が浮かんだ。

そして今日は、また三人で会うことになっていた。

待ち合わせ場所に着くと、先にいたのはミユだった。いつもより少しだけ落ち着かない様子で、手元のスマホを見たり、周囲を見回したりしている。俺に気づくと、ほっとしたように小さく息を吐いた。

「なんか……緊張するなぁ……」

その声は、いつもより少しだけ細かった。

俺は苦笑して、肩の力を抜くように言った。

「はは……同い年だから、そんなに畏まらなくていいよ……」

言いながらも、自分自身がまったく落ち着いていないのが分かる。詩音の名前を聞くだけで、頭のどこかが熱くなる。平静を装うのは、思っているより難しかった。

少し遅れて、ユウキが姿を見せた。

相変わらず整った立ち姿で、こちらへ向かってくるだけで空気が変わる。背筋が伸びていて、視線もまっすぐだ。けれど、その表情の端には、どこか面白がっているような色もあった。

「お姉様に失礼ないようにお願いしますね……」

さらりと言われて、俺は思わず目を瞬いた。

「え、俺が?」

「ええ。あなたは何かと油断しそうですから」

ミユが横で小さく吹き出す。ユウキは真顔のままなのに、言葉だけが妙に鋭い。からかわれているのは分かるが、反論しようにも、うまく返せない。

そんなやり取りをしていると、少し離れたところから詩音が現れた。

一瞬で、空気が変わる。

彼女は以前と同じように落ち着いた歩幅で近づいてきたが、今日はどこか慎重だった。視線はまっすぐなのに、ほんのわずかだけ迷いが混じっている。あの詩音が、だ。

「……待たせた?」

その一言だけで、胸が変に鳴った。

「いや、今来たところ」

ありきたりな返事しかできない自分が情けない。けれど詩音は、ふっと目を細めた。

「そう。ならよかった」

ミユが二人の顔を交互に見て、居心地悪そうに笑う。

「なんか、ほんとに変な感じだね……」

「変?」

詩音が首をかしげる。

「ううん、悪い意味じゃなくて。前より、ちゃんと“会ってる”って感じがする」

その言葉に、詩音は少しだけ黙った。ほんの一拍、沈黙が落ちる。その短さが、かえって妙に長く感じられた。

「……そうかもね」

詩音はそう言って、わずかに視線を逸らした。

俺はその仕草を見逃さなかった。強い人だと思っていた。実際、そうだ。けれど、強いからこそ、こういう小さな揺れがやけに目につく。あの夜からずっと、彼女の中にも何かが残っているのだろう。

ユウキが静かに言った。

「では、移動しましょうか。ここでは少し目立ちます」

その提案に、全員がうなずいた。

向かった先は、大学近くの落ち着いたカフェだった。窓際の席に四人で座ると、外のざわめきが少し遠くなる。店内にはコーヒーの香りが漂っていて、照明も柔らかい。会話を始めるには、ちょうどいい場所だった。

だが、誰もすぐには話し出さなかった。

カップに触れる指先、メニューをめくる音、椅子のきしむ小さな響き。そういう些細な音だけが、妙に鮮明に耳に残る。

最初に口を開いたのは、やはり詩音だった。

「先週のこと、まだ整理できてない」

その言葉は、静かなのに重かった。

ミユが目を丸くする。ユウキは表情を変えず、ただ続きを待った。俺も、自然と背筋を伸ばしていた。

「あの時、私は……少し焦っていたと思う」

詩音は、テーブルの上で指を組み直した。

「ああいう形で再会するつもりはなかったし、あなたがそこにいることも、正直かなり意外だった。だから、うまく言葉が出なかった」

俺は何も言えなかった。詩音が自分の動揺を、ここまで率直に認めるのは珍しい。いや、ほとんど記憶にない。

「でも、逃げたくはなかった」

その一言で、胸の奥が少しだけ痛んだ。

ミユがそっと息をのむ。ユウキの視線も、わずかに柔らかくなった。

詩音は続ける。

「だから今日は、ちゃんと話したいと思って来た。曖昧なままにしたくないことが、いくつかあるから」

店の外を車が通り過ぎる。窓ガラスが淡く震えた。

俺は、詩音の顔を見た。綺麗な人だと思う。今さらそんなことを言うまでもない。でも、綺麗さの奥にあるものは、見れば見るほど簡単じゃない。近づけば近づくほど、ますます分からなくなる。分からないのに、目が離せない。

「……俺も、ちゃんと聞きたい」

ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど低かった。

詩音は小さくうなずいた。

「ありがとう」

その返事は短いのに、妙にあたたかかった。

カフェの窓際で、詩音が本音を打ち明けようとする緊張の場面

ミユは、なんとか場を和らげようとしたのか、少し明るい声を出した。

「でも、こうして普通に話せるのは、ちょっと安心したかも。前は、もっとこう……近づいたら壊れそうな感じだったし」

「壊れそう?」

詩音が薄く笑う。

「うん。近寄ると、すごく危ない感じ」

「それは褒めてるの?」

「たぶん、半分くらい」

そのやり取りに、俺はようやく少しだけ息ができた。詩音も、ミユも、完全に張り詰めているわけではない。ぎこちなさはある。でも、そのぎこちなさの中に、ちゃんと人の温度があった。

ユウキが静かにカップを置く。

「では、順番に整理しましょうか。感情のままに動くと、誤解が増えます」

「なんでお前だけそんなに冷静なんだよ……」

俺がぼそっと言うと、ユウキは少しだけ目を細めた。

「冷静に見えるだけです。内心は、それなりに面倒です」

その返しは妙に真に迫っていて、かえって笑えなかった。

詩音はそんな二人を見て、ほんのわずかに肩の力を抜いたようだった。ほんの少しだけ、表情がやわらぐ。

「……あなたたちといると、変に安心する」

その言葉に、ミユがぱっと顔を上げた。

「ほんと?」

「ええ。少なくとも、気を張りっぱなしではいられない」

「それ、褒め言葉として受け取っていいのかな」

「好きに受け取って」

詩音はそう言って、少しだけ笑った。

その笑顔を見た瞬間、俺はなぜか胸の奥が締めつけられた。ああ、この人はやっぱり簡単じゃない。近づいたと思ったら、すぐにまた遠くなる。けれど、その距離の揺れすら、今の俺にはたまらなく生々しかった。

話し合いは、ゆっくりと進んでいった。

詩音が何を考えていたのか。俺がどこまで踏み込んでよかったのか。ミユがその場で感じていた不安。ユウキがどこまで状況を見抜いていたのか。ひとつひとつ確認するように言葉を重ねるたび、曖昧だった輪郭が少しずつ形を持ちはじめる。

けれど、すべてが綺麗に片づくわけではない。

詩音は時折、言い淀んだ。ミユは遠慮がちに視線を落とした。ユウキは必要以上に踏み込まないようにしているのが分かった。俺もまた、言いたいことの半分も口にできていない。

それでも、何かが確かに変わっていた。

再会したときの、あの張りつめた空気はもうない。代わりに残ったのは、少し不器用で、それでも逃げ切れない気持ちだった。

詩音が最後に、静かに言った。

「私は、まだ答えを出せていない。でも、ちゃんと向き合うつもりはある」

その言葉を聞いて、俺はようやく、今日ここに来た意味を理解した気がした。

結果はまだ先だ。けれど、先送りにしていたものが、ようやく動き始めた。そんな手応えがあった。

カフェを出るころには、空はすっかり暗くなっていた。街灯の光が歩道に長く伸び、四人の影を淡く重ねる。

詩音は立ち止まり、少しだけ振り返った。

「また連絡する」

短い言葉だった。けれど、その短さが妙に鮮明だった。

「うん」

俺がうなずくと、詩音は小さく目を伏せた。

ミユはその背中を見送りながら、ほっとしたように息をつく。ユウキは何も言わず、ただ静かに夜の向こうを見ていた。

俺だけが、まだ少しだけ熱を持ったまま立ち尽くしていた。

詩音と再会してからの一週間は、ただ過ぎたわけじゃない。何も起きていないようで、確かに何かが進んでいた。そう思えるくらいには、今日の会話は深く残った。

次に会うとき、彼女はどんな顔をしているのだろう。

その答えはまだない。だが、もう知らないままではいられない気がしていた。

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