R18短編小説

脅されても守った、歴史サークルでの苦い記憶

1
執筆:編集部(原記事に基づく再編集) 編集部による品質基準審査済み

大学に入ったばかりのころ、僕は歴史サークルに入った。新歓で集まったのは、学年も学部もばらばらの十数人。活動は週に一度、部室で資料を読み合わせたり、月に一度だけ近郊の史跡へ出かけたりする程度で、会費も半年で数千円ほどだった。肩の力を抜いて続けられる、そんな空気が気に入っていた。

もともと歴史は好きだった。受験でも得意科目だったし、知らない時代の話を聞くと、すぐに頭の中で景色が立ち上がる。だから、特別な目的があったわけではない。友人づくりの延長のような気持ちで入ったサークルだった。

そこで出会ったのが、同じ学年の彼女だった。控えめで、でも話し出すと意外なくらいよく笑う子だった。古い城跡の写真を見せながら感想を言い合ったり、レポートの参考文献を貸し借りしたりするうちに、自然と一緒にいる時間が増えていった。僕はいつの間にか、彼女のことを好きになっていた。

けれど、その気持ちは胸の奥にしまっておくしかなかった。彼女は誰にでも分け隔てなく優しく、僕だけが特別だとは到底思えなかったからだ。下手に踏み込んで、この関係を壊したくなかった。

サークルの空気は、表向きは穏やかだった。だが、その裏では妙な上下関係ができあがっていた。先輩のひとりが仕切り役のように振る舞い、気に入らない後輩にはきつい言葉を投げる。飲み会では場を支配し、断ると露骨に不機嫌になる。みんな見て見ぬふりをしていた。僕も同じだった。

ある日、その先輩に呼び出された。部室の隅で、他の部員の目が届かない場所だった。最初は雑談のような口調だったのに、すぐに空気が変わった。「お前、あの子のこと好きだろ」と、低い声で言われた。

心臓が跳ねた。何を言われたのか、すぐには理解できなかった。否定しようとしても、喉がうまく動かない。先輩は僕の反応を見て、薄く笑った。

「隠しても無駄だ。みんな気づいてる。余計なことをするなよ」

その言葉は、冗談の形をしていなかった。次に続いたのは、もっと露骨な脅しだった。もし逆らえば、サークル内で僕が笑いものになるような話を流す、と。彼女にまで迷惑が及ぶような言い方だった。

僕はその場で何も言えなかった。怒りより先に、怖さが来た。大学に入ってから初めてできた居場所が、たった一人の気まぐれで壊されるかもしれない。そう思うと、体が冷えていった。

それから数日、僕は彼女と顔を合わせるたびに、普段通りに振る舞うことだけで精一杯だった。彼女は何も知らない様子で、いつも通り笑っていた。その笑顔を見るたびに、胸の奥がひどく痛んだ。好きだという気持ちと、何もできない自分への嫌悪が、同じ場所で絡まり合っていた。

先輩はさらに圧を強めてきた。メッセージで呼び出し、飲み会への参加を強要し、断ると「空気を読め」と責める。僕は少しずつ追い詰められていった。あの子に近づくな、余計な真似をするな、そう言われるたびに、僕の中の何かが削られていく気がした。

やがて、ある夜の集まりで決定的な出来事が起きた。人が少なくなった部室で、先輩は彼女を呼び止めた。僕は少し離れたところにいたが、ふたりの様子がおかしいことはすぐにわかった。彼女は困惑した顔で後ずさり、先輩は逃がさないように距離を詰めていた。

僕は反射的に割って入った。声が震えていたのを覚えている。それでも、引くわけにはいかなかった。先輩は僕を見て、あからさまに苛立ちを浮かべた。何度も黙れと言われ、肩を押され、それでも僕はそこを動かなかった。

その瞬間、彼女の表情が変わった。いつも遠慮がちだった目が、まっすぐ僕を見た。助けを求めるというより、ようやく状況を理解したような、静かな驚きだった。僕はその視線に背中を押されるように、初めて真正面から先輩に言い返した。

「やめてください」

たったそれだけだった。けれど、僕にとっては精一杯の言葉だった。先輩は鼻で笑い、場を荒らすなと吐き捨てたが、その場にいた数人の後輩が、ようやく異常さに気づいた顔をした。沈黙は長く続かなかった。ひとり、またひとりと、先輩の態度を疑問視する声が上がり始めた。

結局、その夜を境に空気は変わった。誰かが大学の相談窓口に話を持ち込み、サークルの内部でも確認が入った。先輩のやり方は、もう見過ごされなくなっていた。僕自身も、これまで黙っていたことを責められたが、それ以上に、彼女に危害が及ばなかったことに救われた。

彼女とは、その後しばらく気まずさが残った。僕が抱えていた気持ちも、結局はうまく伝えられなかった。けれど、以前のように自然に話せるようになるまで、それほど時間はかからなかった。あの夜を経て、僕たちは少しだけ、互いの弱さを知った気がする。

好きだった相手を守れたのかどうか、今でもはっきりとは言えない。ただ、あの時の僕は、怖さに飲み込まれながらも、最後には立ち止まらなかった。思い返すたびに、情けなさと安堵が同時に押し寄せる。あの選択が正しかったのかは、簡単には言い切れない。それでも、黙って従うだけでは終わらなかったことだけは、確かに僕の中に残っている。

大学のサークルは、楽しいだけの場所ではなかった。人が集まれば、優しさもあれば、歪んだ力関係も生まれる。僕はそこで、憧れや恋心より先に、逃げずに向き合うことの苦さを覚えた。そして、誰かを本当に大事に思うなら、都合のいい沈黙ではなく、必要な場面で声を上げるしかないのだと知った。

あの頃の僕は未熟だった。今でもそう思う。けれど、未熟なままでも守れたものがあった。その事実だけは、長く胸の奥に残り続けている。

最終更新:

⚠️ 年齢確認・免責事項

本サイトは18歳以上の成人を対象としたコンテンツ販売情報を掲載しています。18歳未満の方のアクセスはご遠慮ください。掲載している収入・報酬例はあくまで参考値であり、実際の成果を保証するものではありません。各サービスのご利用前に必ず公式利用規約をご確認ください。

内容に誤りがありますか? 編集チームに報告する。48時間以内に確認します。
本コンテンツは編集基準に基づき審査・公開されています。