R18短編小説

校庭の木陰で揺れたPTAの夜

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執筆:編集部(原記事に基づく再編集) 編集部による品質基準審査済み
校庭の木陰で揺れたPTAの夜

地方の小学校でPTAの役員を引き受けた私は、29歳の一児の母だった。周囲からは真面目に見られがちだが、実際には夫婦のあいだにできた距離を、どう埋めればいいのか分からずにいた。子どもが生まれてからというもの、家の中は育児と家事で手一杯になり、女として見られる感覚はいつの間にか薄れていた。

そんな私にとって、PTAの集まりは少し息苦しい場所だった。形式ばった挨拶、役割分担、連絡事項。どれも大事なのに、どこか乾いた空気が漂っている。けれど、地方ではその集まりが妙な意味を持つことがある、と以前から耳にしていた。表向きは学校を支えるための会合でも、裏では男女の距離がやけに近くなることがあるのだと。半信半疑だった私は、その噂をただの冗談だと思っていた。

ところが、初めての集まりでその考えは少し揺らいだ。役員同士で二人一組になり、校内を巡回することになったのだ。私は田中さんという男性と組むことになった。年齢は私より少し上に見える。見た目は落ち着いていて、いかにも堅実そうな雰囲気なのに、どこか目の奥に軽さがあるような、そんな印象だった。

「校庭のほうを見て回りましょう」

田中さんはそう言って、夕方の校庭へ歩き出した。子どもたちの姿が消えた学校は、驚くほど静かだった。砂場も鉄棒も、昼間の喧騒が嘘のように沈んでいる。風が吹くたび、木々の葉が小さく擦れ合う音だけが耳に残った。

「特に異常はありませんね」

私がそう返すと、田中さんはふっと笑った。そして、次の言葉をためらいもなく投げてきた。

「ところで、さとみさんのご家庭は、夫婦の時間はちゃんとあるんですか」

あまりに唐突で、私は足を止めそうになった。初対面に近い相手から、そんな踏み込んだ話をされるとは思わなかったからだ。頬が少し熱くなる。

「えっと……まあ、普通、かな」

本当は、子どもが生まれてからほとんどなかった。けれど、そんなことを正直に言えるはずもない。私は曖昧に笑ってごまかした。

「週に一回くらいですか」

「……そのくらい、かもしれません」

田中さんは、まるで親しい友人に話すような軽さでうなずいた。

「ご主人、うらやましいですね。さとみさんみたいな綺麗な人と、ちゃんとそういうことができるなんて。自分なら、毎日でもしたくなりますよ」

冗談めかした口調だったが、言葉は妙に生々しかった。私は返事に困り、視線を足元へ落とした。真面目そうに見えたのに、会話の距離感は思っていたよりずっと近い。いや、近すぎるのかもしれない。

校庭の端まで歩いたときだった。田中さんが、木陰に入った瞬間、私の腕を引いた。強引というほどではない。でも、拒む前に距離を詰められて、身体が固まった。

「さとみさん」

低い声で名前を呼ばれた。次の瞬間、私は木の影のなかで抱き寄せられていた。驚きで息が詰まる。胸元に触れた彼の手は、躊躇なく私の身体の輪郭を確かめるように動いた。

「だめです……」

口ではそう言ったのに、腕を押し返す力は弱かった。久しぶりに異性から向けられる熱が、胸の奥をじわりと刺激してくる。嫌だと感じるより先に、身体のほうが反応してしまう。そんな自分に戸惑った。

「いいじゃないですか」

田中さんは息を荒げることもなく、当然のことのように近づいてくる。服の上から触れられるだけで、感覚が妙に鮮明になった。長いあいだ眠っていたはずの感覚が、いきなり目を覚ましたみたいだった。

私は小さく首を振った。けれど、その拒絶は自分でも頼りないと分かるほど弱い。胸の奥では、止めたい気持ちと、もっと触れてほしい気持ちがせめぎ合っていた。

「……あの、もう少し、落ち着いたところで」

言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。自分でも何を言いたいのか分からなかったからだ。田中さんはその曖昧さを見逃さない。むしろ、そこに付け入るように距離を縮めてきた。

私は結局、完全には拒めなかった。身体が熱を帯び、思考が鈍っていく。夫婦のあいだで長く忘れていた感覚が、見知らぬ男性の手によって呼び起こされることへの羞恥はあった。けれど、それ以上に、誰かに求められることへの安堵があったのも事実だった。

「……ここでは、だめ」

そう漏らした声は、ほとんど自分の耳にしか届かないほど小さかった。田中さんはそれを聞くと、満足そうに目を細めた。

「じゃあ、少しだけ。誰にも見えないようにしますから」

その言い方が、余計に私を追い詰めた。断り切れないまま、私は校庭の隅で彼に身を預けることになる。風は冷たいのに、頬だけがやけに熱い。学校という場所の静けさが、かえって背徳感を強くしていた。

やがて時間の感覚は曖昧になった。どれくらいそうしていたのか分からない。ただ、私の中にあった空白が、ひどく乱暴な形で埋められていく感覚だけが残っている。恥ずかしさは消えなかった。むしろ増していた。それでも、身体は正直だった。

ふと我に返ったとき、私は制服のようにきちんと整えた服装を乱しながら、田中さんと並んで校舎へ向かっていた。さっきまでのことが夢だったらよかったのに、と思う。だが、肌に残る熱も、呼吸の乱れも、現実だと教えていた。

教室の前に戻ると、ほかの役員たちはすでに集まっていた。誰かがこちらを見る。私は一瞬で背筋を伸ばした。

「あれ、私たちが最後?」

「ずいぶん遅かったですね」

そんな声が飛ぶ。からかうような笑いが起こり、田中さんも平然とした顔で受け流していた。私は笑うこともできず、ただ視線を泳がせた。

みんなの前では何もなかったように振る舞うしかない。けれど、耳まで熱くなっているのが自分でも分かった。さっきまでの出来事が、校舎の蛍光灯の下でいっそう鮮明に蘇る。私はただ、平静を装いながらその場をやり過ごした。

PTAの集まりは、結局のところ学校のための会合だ。けれど、その夜の私には、もっと別の意味を持ってしまった。家に帰れば、何事もなかったように夕飯を作り、子どもの話を聞き、夫の前ではいつもの母親でいなければならない。そう思うほど、さっきの出来事は現実味を増した。

誰にも言えない。けれど、忘れられない。私はその事実を抱えたまま、静かな校舎の廊下を歩いた。外ではもう、夜の気配が濃くなっていた。

そして、次のPTAの集まりが来るたびに、私は少しだけ胸の奥がざわつくようになる。あの木陰で感じた熱が、まだどこかに残っている気がしたからだ。

この物語の区切り

この話は、ひとつの出来事が終わったところで区切られている。学校での出来事はひとまず収まり、登場人物たちが元の場へ戻った時点で、場面としてはきれいに一段落している。

ただし、心の中ではまだ終わっていない。表向きには何事もなく終業したように見えても、主人公の中には余韻と戸惑いが残り続ける。そうした後味まで含めて、ここでひと区切りの物語になっている。

最終更新:

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