R18短編小説

職場で気になる常連客に揺れる夜

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執筆:編集部(原記事に基づく再編集) 編集部による品質基準審査済み

大学に入ってから、私は駅前のドラッグストアで週に三、四日ほど働いていた。慣れてきたはずのレジも、ある特定のお客さんが来るたびに、胸の奥がひやりと縮む。

その人は、いつもコンドームだけを一箱持ってレジに来る中年の大柄な男性だった。何も言わずに商品を置く日もあれば、わざとらしく私の顔を覗き込むようにして「これ、お会計して」と言う日もある。私はそのたびに、機械のようにバーコードを通しながら、視線だけはできるだけ合わせないようにしていた。

彼は体格がよく、年齢は五十代の後半から六十代の前半くらいに見えた。身長はそれほど高くないのに、体重はかなりありそうだった。Tシャツの下で腹が大きく張り出し、ベルトの上に肉が乗っている。顔は赤く、脂が浮いていて、髪は薄く、ところどころ白いものが混じっていた。清潔感のあるタイプではない。むしろ、店内に入ってきた瞬間に空気の色が変わるような、そんな存在感があった。

何より苦手だったのは、彼の目だった。レジ越しに商品をスキャンしているあいだ、ずっとこちらを見ている。商品ではなく、私のほうを。胸元や脚のあたりに視線が落ちるたび、背中に薄い膜のような寒気が走った。笑っているようで笑っていない、あの曖昧な顔が、どうにも忘れられなかった。

最初のころは、ただ気味が悪いだけだった。けれど回を重ねるうちに、私は別の意味でも彼を意識するようになっていた。自分でも認めたくなかったが、怖さと好奇心が、いつの間にか絡まり始めていたのだ。

大学に入ってからの私は、恋人との経験も浅く、身体のことも知らないままだった。だからこそ、あの大きな体で、あの男がどんなふうに生きてきたのか、どんな相手と関わってきたのか、そんなことまで想像してしまう。自分でもおかしいと思った。なのに、考えれば考えるほど、頭から離れなくなっていった。

ある夕方、閉店までまだ二時間ほど残っていた。午後の客足が少し落ち着いたころ、私はフロアの隅で掃除機をかけていた。自動ドアが開く音がして顔を上げると、そこに彼がいた。

いつもと同じように、コンドーム一箱だけを手にしている。私は反射的に背筋を伸ばし、「いらっしゃいませ」と言った。彼は何も答えず、ゆっくりとレジへ向かった。

「……ありがとうございました」

声が少しかすれた。その瞬間だった。

「ねえ、君」

低く、湿った声で呼ばれる。私は動きを止めた。

「ちょっといい?」

「は、はい……?」

彼は周囲を見回し、それからレジ台に肘をつくようにして、私へ顔を寄せた。

「俺、君のこと気に入っちゃってさ」

その一言で、全身の血が引くのを感じた。冗談ではない。そう直感した。

「それって……どういう意味ですか」

震える声で尋ねると、彼は口の端を上げた。

「そのままの意味だよ」

短い沈黙が落ちた。店内のBGMがやけに遠い。

私は喉の奥が乾いていくのを感じながら、やっとの思いで言った。

「……警察を呼びます」

彼は一瞬だけ目を細め、それから鼻で笑うように息を吐いた。

「ちっ、わかったよ。じゃあな」

ぶつけるような足取りで店を出ていく背中を見送りながら、私はその場に立ち尽くしていた。手のひらには汗がにじみ、膝が震えていた。

その夜、店長に相談した。しばらくのあいだレジに立つのを外してもらえたのは、正直かなり助かった。けれど、安心したのは一時だけだった。

あの人の顔を思い出すたび、私は妙に落ち着かなくなっていった。怖かったはずなのに、なぜか心臓が速く打つ。嫌だと思うのに、記憶の中の視線だけが、何度も何度も浮かび上がってくる。

彼氏と会っているときでさえ、私は別のことを考えてしまうようになった。自分の中に、説明のつかない熱がある。認めたくなかった。けれど、否定しきれなかった。

夜、一人になると、その熱はさらに強くなる。布団の中で目を閉じると、あの男の重い足音や、低い声が耳の奥で蘇る。私は何度も途中でやめようとした。それでも、指先は止まらなかった。

最初はただ、恐怖の記憶を振り払うためだったのかもしれない。けれど次第に、私はその想像に自分から沈んでいくようになった。怖い。なのに、離れられない。そんな感情が、胸の奥でじわじわと形を変えていった。

ある晩、彼氏と口論になった。些細なすれ違いだったはずなのに、私は苛立ちを抑えられず、ひどい言葉を投げてしまった。

「あなたじゃ、もう物足りない」

彼の表情が固まる。私は言ったあとで、すぐに後悔した。けれど、取り消せなかった。彼は黙って席を立ち、その日はそれきりだった。

私は自分がひどく汚れているような気がして、ひとりで苦しくなった。誰かに叱られたい。罰してほしい。そんな気持ちさえ混じっていたのかもしれない。

それから数日後の帰り道、駅前のコンビニの前で、私は彼と再び顔を合わせた。買い物袋を提げたあの大柄な背中が視界に入った瞬間、足が止まる。

逃げるべきだった。そう思うのに、私は声をかけていた。

「……すみません。少しだけ、いいですか」

彼は振り向き、私を見て、すぐに思い出したようだった。

「おや、ドラッグストアの子か」

「はい」

「俺に用があるの?」

喉が詰まる。けれど、もう戻れなかった。

「……お願いがあります」

彼は黙って続きを待った。

「この前買われたものの……使い心地を、私で確かめてほしいんです」

言い終えた瞬間、顔から火が出そうだった。けれど彼は驚くでもなく、むしろ面白そうに口元をゆるめた。

「へえ。いいね。ここじゃ何だし、うちに来るか」

断る理由は、たくさんあった。危ない。おかしい。後戻りできない。なのに、私はその場でうなずいていた。

彼のアパートは、歩いてすぐの場所にあった。古い建物で、階段の隅には埃がたまっていた。部屋に入ると、狭くて、少し雑然としていた。生活感はあるのに、どこか落ち着かない。壁には色あせたポスターがいくつも貼られ、空気は重かった。

私は靴を脱ぎながら、もう引き返せないのだと悟った。彼は先に奥へ進み、私に上がるよう促した。

「ここで待ってろ」

そう言って、彼は自分の服を脱ぎ始めた。私はその場に立ち尽くしながら、胸の鼓動が速くなるのを感じていた。

やがて彼は、布団の敷かれた部屋へ私を導いた。薄暗い照明の下で見る彼の体は、やはり大きかった。汗ばんだ肌、厚い肩、重そうな腹。怖いはずなのに、目を逸らせなかった。

私も言われるまま服を脱いだ。布地が床に落ちる音が、妙に大きく聞こえる。下着だけになると、急に自分の肌の白さや、震えまで意識してしまう。

「早くしろ」

促されて、私は最後の一枚を外した。裸になった自分を見られる恥ずかしさで、思わず腕で胸元を隠す。けれど彼の目は、逃がしてくれなかった。

「顔を上げろ」

低い声に従うと、彼はゆっくりと近づいてきた。私の肩に触れる手は意外にも重く、熱かった。ぞくりとする。

「お前、ほんとはこういうの、好きなんだろ」

否定したいのに、声が出ない。私はただ、唇を噛んでいた。

彼は私の顎を持ち上げ、しばらく無言で見つめたあと、ふっと笑った。

「怖いなら、やめてもいい」

その言葉が、逆に私を揺らした。やめたい。けれど、やめたくない。どちらも本心だった。

私は小さく首を振った。彼はそれを見て、満足そうに息を漏らした。

そこから先の時間は、早かったようで長かった。私は何度も自分の感情に戸惑い、何度も彼の視線に飲み込まれた。嫌悪と期待、羞恥と安堵が、ぐちゃぐちゃに混ざり合う。自分がどうなってしまうのか、途中でわからなくなった。

気づけば私は、彼の腕の中で息を整えていた。乱れた髪を指で払われ、頭を軽く撫でられる。その仕草があまりに静かで、私はかえって泣きそうになった。

「……よく来たな」

低い声だった。けれど、さっきまでの圧とは違う。

私は何も言えず、ただうなずいた。

彼は少しだけ表情を緩め、それから私の肩を抱き寄せた。強引なのに、不思議と冷たくはない。私はその温度に、ますます混乱した。

怖かったはずの相手に、こんなふうに抱きしめられている。その事実が、私の中の何かを静かに壊していく。壊れていくのに、同時に、どこか救われてもいた。

その夜のことを、私は何度も思い返した。自分は被害者だったのか、それとも最初から別のものを求めていたのか。答えは簡単じゃない。たぶん、どちらでもあるし、どちらでもない。

ただひとつ確かなのは、あの男の存在が、私の中に眠っていた感情を、容赦なく目覚めさせてしまったということだった。

それ以来、私はレジに立つたび、あの日の視線を思い出す。もう以前のように、ただ怖がるだけではいられない。胸の奥でざわつくものがある。認めたくない。けれど、完全には消えない。

私は今も、あのとき自分が何を欲しがっていたのかを、うまく言葉にできないでいる。

注意点・失敗例

この体験でいちばん厄介だったのは、怖さと興味を同じ場所に押し込めてしまったことだった。嫌な相手を必要以上に意識すると、感情はどんどん複雑になる。距離を取るべき場面で曖昧な態度をとると、自分の気持ちまで見えにくくなる。

また、相手の言動を「気のせい」で済ませてしまうのも危ない。店内での視線や接触に不快感があるなら、ひとりで抱えず、責任者へ早めに伝えたほうがいい。職場では、我慢よりも安全確保が優先される。

一方で、心の中に生まれた感情をすぐに否定しすぎると、かえってこじれることもある。怖い、気になる、離れたい、でも忘れられない。そうした揺れ自体は珍しくないが、行動に移す前に立ち止まることが必要だ。

参考情報

  • 厚生労働省 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」
  • 厚生労働省 職場におけるハラスメント対策
  • 警察庁 相談窓口案内

よくある質問

職場で不快な視線や言動を受けたら、まず何をすべきですか?
まずは日時、場所、相手の言動を記録してください。そのうえで店長や責任者に共有し、必要なら防犯カメラの確認や配置変更を相談します。
相手が常連客でも、警戒してよいのでしょうか?
もちろんです。常連かどうかは関係ありません。不快感や危険を感じた時点で、職場として対応を検討するのが自然です。
自分の気持ちが怖さなのか好奇心なのか分かりません。
はっきり分からなくても問題ありません。感情が混ざることはありますが、実際の接触や行動は別に考え、まず安全を優先してください。
相手に直接やめてほしいと伝えてもいいですか?
状況によりますが、ひとりで対応するのが不安なら無理をしないでください。職場のルールに沿って、第三者を介して伝えるほうが安全です。
似た状況で迷ったときは、どう動くのが現実的ですか?
相手と二人きりにならない配置を優先し、記録を残し、上司へ相談する流れが現実的です。身の危険を感じるなら、ためらわず警察相談窓口につなげてください。

まとめ

  • 不快な相手への違和感は、軽く扱わないほうがいい。
  • 感情が揺れても、行動は安全を基準に選ぶべきだ。
  • 職場での不安は、記録と相談で早めに分けていく。
最終更新:

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