ガレージにはミニバンが停まり、どこかから子どもの走り回る音が聞こえてきた。「こら、走り回るな」「ばあちゃん、こっちこっち」。姿は見えない。けれど、声だけで十分だった。あの頃の彼女が、今は祖母として、休日に遊びに来る孫たちを相手に笑っている。その光景が、はっきりと浮かんだ。若いころの鋭さは薄れたかもしれないが、きっと今は今で、別のあたたかさをまとっているのだろう。
私はその場に立ち尽くしたまま、小さく息を吐いた。「さよなら。お幸せに」。心の中でそうつぶやくと、ようやく胸の奥にあった引っかかりがほどけた気がした。若い頃、最年長だった元恋人は、今では家族に囲まれて暮らしている。その事実を知れただけで、なぜか嬉しかった。
帰りの新幹線に乗ると、長いトンネルに入った。窓は黒くなり、そこに自分の顔がぼんやり映る。疲れた中年の顔だったが、不意に、二十年前の彼女と同じくらいの年齢だった頃の自分を思い出した。あの時代の熱、未熟さ、驚き。すべてが遠くなった今でも、記憶の芯だけは残っている。
昔愛した人が元気でいるとわかっただけで、私は少し救われた気がした。恋は終わっても、誰かの人生の一部として残るものがある。そんなことを、揺れる車内で静かに噛みしめていた。