最初は、ただ体をほぐしてもらうためだった。
男性セラピストのオイルマッサージに通っていたころは、施術そのものの心地よさだけを求めていた。静かな部屋で、決まった流れに沿って体を預ける。余計なことは考えない。そんな時間が、いつの間にか習慣になっていた。
けれど、通う場所が変わってから、空気が少しずつ違ってきた。今は、何人かが同じ空間で施術をしている、いわゆるもみほぐしの店に通っている。そこで担当するようになったのは、五十代くらいの男性だった。手つきは慣れていて、どこを押されても妙に外れない。肩も腰も楽になる。だからこそ、足が向いてしまうのかもしれない。
最初に気になったのは、股関節まわりを強くほぐされたときだった。圧をかける角度が少し深く、指先が恥骨のあたりをかすめることがあった。ほんのわずかな接触だ。けれど、こちらが何も言わないでいると、その境目がだんだん曖昧になっていく気がした。
私は毎回、何も言わずに受けていた。拒むほどでもない。けれど、流されるままに身を任せると、次に何が起こるのかを期待してしまう自分もいた。その感覚が、少し怖くて、少し甘かった。
ある日から、施術の手つきに変化が出はじめた。背中や肩を流す途中で、デコルテが詰まっていると言いながら、胸元へ触れる回数が増えた。最初は布越しに軽く触れるだけだったのに、何度か通ううちに、指が迷わず近づいてくるようになった。さらに、うつ伏せのまま受けていると、おしりのあたりに妙に執拗な圧がかかることもあった。
明らかに、以前とは違う。そう感じていたのに、止める言葉は出なかった。
むしろ、もう少し触れてほしいと思ってしまう瞬間があった。施術が上手いから、というだけではない。こちらの反応を確かめるような、じわじわと距離を詰めてくる気配に、妙な熱を覚えてしまったのだ。正直に言えば、気づかないふりをするのがいちばん楽だった。
延長をお願いした日のことは、今でもはっきり覚えている。その時間帯は、ほかのお客さんがほとんどいなかった。店内は静かで、タオルの擦れる音や、施術台のきしむ小さな音まで聞こえる。そんな中で、彼は「今日は人がいないからね」と低い声で言った。
その一言だけで、空気が変わった。
そこからは、ずっと胸まわりを丁寧に、けれど遠慮なく触れられた。押すでもなく、流すでもなく、確かめるような指の動きだった。私はジャージを借りて施術を受けていたけれど、体が熱を持つたびに、それが自分でもわかってしまう気がした。見られているかもしれない。そう思うだけで、息が浅くなる。
人の気配があるときは、彼は何も言わないまま、ただ静かに触れてくる。声を出せないまま、私はその沈黙に飲み込まれる。逆に、人がいないときには、少しだけ言葉が増える。そのわずかな違いが、かえって私を落ち着かなくさせた。
施術を受けるたびに、体が覚えていく感覚がある。次はどこに触れられるのか。どのくらい近づいてくるのか。そんな予測をしてしまう自分に、何度も驚いた。やめたいのか、続けたいのか、自分でもうまく整理できない。ただ、あの部屋に入ると、もう以前のようにはいられない。
濡れているのを見られているのではないか、と意識した瞬間から、もう平静ではいられなかった。ジャージの薄い生地越しに、こちらの変化を察しているのかもしれない。そう考えるだけで、背中がぞくりとする。恥ずかしいのに、逃げたくない。そんな矛盾した気持ちが、胸の奥で絡み合っていた。
だから私は、また通ってしまうのだと思う。体が楽になるからだけではない。あの施術の癖になって、気づけば次の予約を考えている。触れられるたびに、ため息が出そうになる。何もなかったふりをして帰る。でも次の日には、またあの手の感触を思い出してしまう。
たぶんもう、ただのマッサージでは終われない。
けれど、その曖昧さこそが、いちばん抜け出しにくいのかもしれない。
