二十年ほど前のことだ。私が入社して三年目を迎えたころ、営業としてようやく一人で顧客を任されるようになっていた。
当時の会社は、女性営業を育てる方針を掲げていて、二年目からは先輩に付き添って商談の流れを覚え、三年目には独り立ちするのがひとつの目安だった。私もその流れに乗り、数字だけを見れば悪くない成績を残していた。けれど、まだ若かったし、仕事の裏側にある空気までは読み切れていなかった。
ある日、部長に呼ばれた。次の大口取引先との会食に同行しろ、という。相手は会社の売上でも上位に入る得意先で、簡単に失うわけにはいかない相手だった。
「これからは竹内さんに担当してもらう。顔合わせだ、粗相のないようにな」
そう言われたときは、ただの引き継ぎ前の挨拶だと思っていた。けれど、料亭に向かう車の中で、部長の口調は妙に硬かった。私はその違和感を、まだ深くは考えていなかった。
会食の席には、先方のA部長とB課長が来ていた。料理は季節のものばかりで、最初はビール、やがて日本酒に変わった。座敷の空気は静かで、箸が進むたびに、少しずつ場がほぐれていく。
私が紹介されると、A部長はにこやかにうなずいた。出身地の話、大学時代の話、景気のこと、政治のこと。年配の管理職らしい落ち着いた会話で、こちらが身構える隙を与えない。無理に飲ませるようなこともなく、むしろこちらの様子を見ながら間を取ってくる。私はそのとき、こういう人が大きな会社を動かしているのか、と妙に感心していた。
デザートが終わるころ、部長が席を外した。B課長もそれに続いた。残されたのは私とA部長だけだった。
「竹内さん、少し別の部屋へ行こうか」
その言い方は穏やかだった。だからこそ、断りづらかった。
案内された先は、同じ料亭の奥にある別室だった。畳の部屋だと思っていたのに、そこには大きなベッドが置かれ、ガラス越しに浴室まで見える。空気が一変した。さっきまでの会食の延長ではない。私は、そこで初めて自分が何か見誤っていたことに気づいた。
「上着を脱いで、少し楽にしなさい。飲み足りないだろう」
A部長はそう言いながら、自分の手でグラスに酒を注いだ。私は立ったまま、どう返事をすればいいのか分からなかった。
二十五歳。恋人もいたし、男女の関係をまったく知らない年齢でもなかった。だから、これから何が起こるのかを想像できないわけではなかった。けれど、頭の中では別の考えも渦を巻いていた。
この場を離れたら、取引はどうなるのか。会社に迷惑がかかるのではないか。自分だけが悪者になるのではないか。そんなことばかりが胸の中でぶつかり合い、答えは一つも出なかった。
A部長は私の背後に回り、上着をそっと脱がせた。乱暴ではない。むしろ丁寧だった。その丁寧さが、かえって逃げ道を塞いでいくように感じられた。
グラスを手に戻ってきたA部長は、ひと口飲んでから私を引き寄せた。口移しで酒を渡され、私は思わず息をのんだ。首筋に冷たい雫が落ち、肌の上をゆっくり流れていく。酔いが回ったわけではないのに、胸の奥だけが熱くなっていった。
「シャワーを浴びさせてください」
やっと絞り出した声だった。
「このままでいい。無理はさせない」
そう言われると、断る言葉を失った。私はただ、その場に立ち尽くしていた。
ブラウスのボタンが外され、スカートの留め具も外された。鏡のある部屋で、自分が少しずつほどかれていく様子を、どこか他人事のように見ていた気がする。怖さと、もう戻れないという感覚が、同時に押し寄せていた。
A部長は私を抱き上げ、ベッドへ運んだ。荒っぽさはない。けれど、拒む余地もない。私はその腕の中で、もう一度だけ自分に問いかけた。ここで止めるべきなのか、それとも流されるのか。答えは出なかった。
やがて、部屋の空気はさらに濃くなった。A部長は私の反応を確かめるように、視線を外さずに近づいてきた。私は緊張で体がこわばっていたのに、いつの間にか息が浅くなっていた。触れられるたびに、怖さと戸惑いと、説明のつかない感覚が混ざり合っていく。
「電気を消してください」
そう言うのが精いっぱいだった。
「顔が見たいから、このままがいい」
呼び方まで、いつの間にか変わっていた。距離が縮まるたび、自分がどこにいるのか分からなくなる。私はその夜のことを、今でもうまく言葉にできない。
ただ、ひとつだけ確かなのは、私は完全に受け身のままではいられなかったということだ。恐れていたはずなのに、途中からは自分でも予想しなかった反応をしていた。理屈ではなく、体が先に応えてしまう瞬間があった。あの感覚は、後になってからも何度も思い返した。
その後、A部長は私を腕の中に抱えたまま、静かに話をした。今日の会食がどういう意味を持っていたのか。部長からは詳しい説明がなかったこと。私が納得して来たわけではないこと。途中で引き返せたはずなのに、私は引き返さなかったこと。
私も、正直に答えた。怖かったこと、何が正解か分からなかったこと、そして、もうどうにでもなれと思ってしまったこと。
A部長は、驚くほど落ち着いて聞いていた。軽く扱うでもなく、説教するでもない。むしろ、私の言葉を一つずつ受け止めているようだった。
やがて話題は、過去の恋愛や、これまでの経験に移った。私は、恥ずかしさを感じながらも、隠しきれない部分を少しずつ話してしまった。相手の問いかけは静かだったが、逃げ場のない近さがあった。
そのうち、私の緊張は少しずつほどけていった。自分が何を感じているのか、まだ整理はつかなかったけれど、少なくとも最初の恐怖だけではなくなっていた。あの夜の私は、もう別人だったのかもしれない。
しばらくして浴室へ移った。A部長は私を急かさなかった。むしろ、ここから先は落ち着いていこう、と言うような態度だった。湯気の立つ空間で、私たちは互いの様子を見ながら、静かに体を洗い合った。熱い湯が肌に触れるたび、さっきまでの緊張が少しずつ薄れていく。
帰り際、A部長は封筒を差し出した。破れてしまったストッキングの代わりだと言った。私は最初、断ろうとした。けれど、封筒の中を見て息をのんだ。想像していたよりずっと多い額の商品券が入っていたからだ。
「ビジネスは悪いようにしない。これからも、いろんな経験を積むといい」
その言葉は、今ならはっきり分かる。あれは親切ではない。仕事と私生活を曖昧に混ぜる、古い時代のやり方だった。けれど当時の私は、それをうまく言語化できなかった。
家に帰って封筒を見直したとき、私はようやく現実に引き戻された。あの夜の出来事は、ただの会食ではなかった。私の中で何かが変わったのは確かだったし、その後の仕事の見え方も変わった。
それからしばらく、A部長との関係は続いた。仕事の話だけでは終わらない付き合いになったし、取引の規模も大きくなっていった。私自身の営業成績も上がり、社内でも目立つ存在になった。数字だけを見れば成功だったのだと思う。
けれど、今振り返ると、あの時代の空気には明らかな問題があった。コンプライアンスという言葉が今ほど浸透していなかったとはいえ、立場の差を利用した関係は、決して健全ではない。年齢や経験の浅さにつけ込まれれば、本人が「選んだ」と感じていても、実際には自由な選択ではないことがある。
だからこそ、いま同じような場面に置かれたなら、まずは一人で抱え込まないことが必要だ。社内の相談窓口、上司以外の人事担当、外部のハラスメント相談窓口を早めに使う。相手が取引先であっても、拒否できない理由にはならない。未成年や若年者が関わる場面なら、なおさら慎重でなければならない。
あの夜の私は、仕事と感情と恐怖の境目を見失っていた。今ならそう言える。けれど、当時はただ、目の前の空気を壊さないことだけを考えていた。
もしあの頃の私に言葉をかけられるなら、もっと早く立ち止まれと言うだろう。相手が大口顧客でも、自分を壊してまで守る取引など、長くは続かない。そういうことを、私はずいぶん後になってから知った。

その後、私は仕事のやり方を少しずつ変えていった。相手との距離感を見直し、曖昧な誘いには乗らないようにした。成績が上がることと、健全に働けることは、必ずしも同じではない。あの経験は、私にそのことを強く教えた。
今では、あの時代を懐かしい思い出としてだけ語ることはできない。華やかに見えた営業の裏に、無理や我慢が当然のように置かれていたからだ。だからこそ、同じような空気を次の世代に残してはいけないと思っている。
私にとってあの夜は、仕事の転機であると同時に、働くことの意味を考え直すきっかけでもあった。数字は残った。けれど、それだけでは語れないものも、確かに残った。