少し前のことだった。腰は重く、胸は張り、肩までじわじわ痛む。放っておくにはしんどくて、私は家の近くにある整体院の扉を押した。
迎えてくれたのは、三十代くらいに見える、すっきりした顔立ちの施術者だった。あまり愛想を振りまくタイプではないのに、声の調子はやわらかい。初めて来た私でも、妙に緊張せずにいられた。
「では、こちらへどうぞ」
案内されたベッドに横になると、まずは肩まわりから施術が始まった。大学に入ったばかりで、サークルの話や授業の話をぽつぽつ交わしながら、ただ体をゆだねていた。会話は軽いのに、指先の感触だけはやけに鮮明だった。
私は昔から、触れられると妙に反応してしまうほうだった。強く押されるたびに息が浅くなるし、くすぐったさと気持ちよさがいっしょに来る。平静を装おうとしても、声が少しだけ揺れてしまう。
それでも最初のうちは、あくまで普通の整体だった。肩をほぐし、背中を流し、腰へと移る。ところが、そこから空気が少しずつ変わっていった。
腰のあたりを押されるうちに、手が太ももの際どいところへ近づいてくる。最初は、たまたまそうなっただけだと思った。施術の流れで触れてしまうこともあるだろう、と自分に言い聞かせた。
けれど、次第にその手つきは遠慮のないものになっていった。布越しに伝わる圧が、さっきまでの施術とはまるで違う。私は体をこわばらせたのに、なぜか止める言葉が出てこなかった。
息が熱くなる。頭のどこかでは「おかしい」と思っているのに、もうひとつの感覚がそれを上書きしていく。怖さと興奮が、同時に胸の奥で渦を巻いていた。
やがて私は、流されるようにそのまま身をゆだねてしまった。施術者の手はためらいなく動き、私は自分でも驚くほど敏感に反応した。身体の力が抜け、声にならない吐息が漏れる。
その夜のことは、いまでもはっきり思い出せる。静かな個室、カーテンの向こうの気配、低い声、近い距離。あの場の空気は、単なる治療の時間とはまったく別のものに変わっていた。
「……入れていい?」
耳元でそう聞かれたとき、私は一瞬だけ迷った。けれど、すでに身体は熱を帯び、理性より先に欲しさが勝っていた。だから、私は小さくうなずいた。
それから先は、もう止まらなかった。何度も何度も求めてしまって、気づけば時間の感覚まで薄れていた。終わったあと、私はベッドの上でしばらく動けなかった。
帰り道の空気はひどく冷たかったのに、体の芯だけはずっと熱いままだった。あの整体院にいた時間が、現実だったのか夢だったのか、すぐには判別できなかった。
それ以来、私は引っ越してしまって、その人とは疎遠になった。連絡先も知らない。ただ、あのときの感覚だけが妙に残り続けている。
夜になると、ふとその記憶が浮かぶ。整えられるはずだった身体が、別の意味で大きく揺さぶられたあの時間。思い出すたび、胸の奥がざわつく。
今でも私は、またあんなふうに触れられたいのかもしれない、と考えてしまう。誰かに預けたい気持ちと、どこかで止めておかなければという気持ちが、ずっと同じ場所でせめぎ合っている。
だから毎晩のように、ひとりであの夜をなぞる。画面の向こうに似た空気を探したり、似た体験ができる場所がないかを調べたりする。見つかるかどうかは別として、あの感触を忘れられないまま、私はまだ少しだけ彷徨っている。