大雪が降った翌朝は、いつもより空気が重く感じる。窓の外は白一色で、屋根にも塀にも、昨夜までの景色を消してしまうほどの雪が積もっていた。
その日も、私は出勤前の雪かきから一日が始まるはずだった。玄関先の雪をどけ、車までの道を作り、さらに気になるのは屋根の上だ。放っておけば危ない。とはいえ、あの作業は本当に骨が折れる。腕も腰も、すぐに悲鳴を上げる。
そんな朝、休日でまだ布団の中にいた私の家に、玄関チャイムが鳴った。こんな時間に誰だろうと思いながら出てみると、隣に住む奥さんが立っていた。単身赴任中のご主人の代わりに、母娘で暮らしている家だ。雪の粒を肩に落としながら、彼女は少し困ったような顔で頭を下げた。
「すみません、屋根の雪下ろしをお願いできませんか」
その後ろから、小さな娘さんも顔を出して、「おじちゃん、お願いします」と甘い声で言う。あの一言で、断る気持ちはかなり薄れてしまった。
正直、その日は体が少しだるくて、最初から積極的だったわけではない。それでも、目の前の奥さんは思っていたよりずっと綺麗で、雪の白さの中にいるせいか、妙に目を引いた。結局、私は引き受けることにした。
屋根に上がると、雪は想像以上に重かった。スコップを入れては崩し、端へ寄せ、また崩す。冷たい空気を吸い込みながらの作業はきついが、黙々と続ければ終わりは見えてくる。約一時間ほどで、ようやく危なそうな部分を片づけ終えた。
家の中へ戻ると、奥さんが湯気の立つコーヒーを差し出してくれた。頬が赤く、少し息が弾んでいる。私は礼を言って受け取った。温かさが、凍えた指先にじんわりしみた。
「独身なんですか」
何気ない口調だった。私は「はい」と答えた。すると、彼女は小さく笑って、まるで冗談のように、でもどこか意味ありげに言った。
「じゃあ、お困りですね」
その言葉のあと、空気が変わった。奥さんは視線をそらさず、ゆっくりと上着のボタンに手をかけた。私は何が起きているのかすぐには飲み込めなかったが、彼女はためらう様子もなく服を脱ぎ、下着姿になった。
「あの子は、遊びに行きました」
そう言いながら、彼女は私のそばへ寄ってきた。甘い香りがふわりと漂う。次の瞬間、唇が触れた。短いキスだったのに、体の奥まで熱が走った。
私は息を呑んだ。目の前の奥さんは、雪かきの礼を口にしながら、まるで最初からこうなると決めていたみたいに落ち着いていた。その落ち着きが、かえって私を煽った。
「ベッドへ行きましょう」
胸元を私に押しつけるようにして、彼女はそう囁いた。私はもう断る理由を探せなかった。
寝室に移ると、奥さんは残りの下着も外し、雪下ろしのお礼だと言って、私の欲を見透かすように口をつけてきた。手つきは慣れていて、ただ急ぐのではなく、こちらの反応を確かめながら、じわじわと熱を高めていく。私は思わず声を漏らしそうになった。
彼女の指先は細いのに、動きは大胆だった。こちらの体が強く反応するたび、奥さんの目が少し細くなる。その視線に、妙なぞくりとするものを覚えた。単なる親切のお礼ではない、もっと飢えたものがそこにある気がした。
やがて私は彼女を寝かせ、ゆっくりと体を重ねた。肌は雪解けのように熱く、触れるたびに奥さんの呼吸が乱れていく。白いシーツの上で、彼女は何度も腰を揺らし、声をこらえきれない様子だった。
私は焦らず、けれど確実に彼女の反応を確かめながら進めた。奥さんはそのたびに背中を反らせ、指先で私の腕をつかむ。窓の外にはまだ雪が残っているはずなのに、部屋の中だけは別世界のように熱かった。
終わったあと、彼女は少し乱れた髪を手で押さえながら、何事もなかったように微笑んだ。あのときの顔は、雪の朝に見たどんな表情よりも印象的だった。困っていたのは、たぶん私だけではなかったのだろう。
それからしばらくして、また大きな雪が降った。私はどこかで、今度もあのチャイムが鳴るのではないかと、妙に落ち着かなかった。だが、いくら待っても玄関は静かなままだった。
外に人の声がしたので窓からのぞくと、隣の家の屋根には見知らぬ若い男たちが三人上がっていた。雪下ろしをしているらしい。作業が終わっても彼らはすぐには帰らず、家の前でしばらく奥さんと話し込んでいた。
その夜、車の音がして、三人はようやく帰っていった。奥さんは玄関先まで見送り、何事もなかったように戸を閉めた。
私はその光景を見ながら、あの日のことを思い返した。あれは本当に雪下ろしへの礼だったのか。それとも、彼女なりの寂しさや飢えが、たまたま私と重なっただけだったのか。
答えはわからない。ただ、あの大雪の朝から、隣の奥さんを見る目は少し変わってしまった。静かな住宅街の中で、雪はすべてを白く隠す。けれど、人の欲だけは、意外なほど隠しきれないものなのかもしれない。
今でも雪の予報が出ると、ふとあの玄関チャイムを思い出す。あの朝の温度、コーヒーの匂い、そして奥さんの、どこか切なげで大胆な眼差し。季節が巡るたびに、記憶だけが妙に鮮やかに戻ってくる。