しばらくぶりです。りさです。
引っ越しや子育てで慌ただしく、なかなか筆を取れずにいましたが、ようやく生活が少し落ち着いてきました。あの頃の出来事を、今なら少し整理して書けそうです。
以前から触れていた、障がいのあるヨシトくんとの関係は、二人目を妊娠してから自然と途切れていました。ただ、その後の妊娠中から出産後にかけて、別の形で心と身体が揺れた場面がいくつもあったので、今回はその流れを残しておきたいと思います。
私は二人目を授かってから、セックスボランティアとしての活動をいったん休むことにしました。お腹の中で命を育てているあいだは、以前のように自由に動くわけにもいきません。それでも、身体の感覚まで鈍ってしまったわけではなく、むしろ妊娠してからのほうが、ちょっとした視線や気配に過敏になっていた気がします。
通院先の産婦人科へは、車よりもバスのほうが都合がよかったので、私はよく同じ時間帯の便を使っていました。十時予約の日が多かったせいか、顔ぶれもだいたい決まっていて、その中に六十代くらいの男性がいました。私はその人を、心の中で「おじいさん」と呼んでいました。
初めて見かけた日から、あの視線ははっきりしていました。遠慮のない目でした。顔を上げるたび、身体の輪郭をなぞるように見られている。そんな感覚が、妙に生々しく残るのです。嫌悪より先に、どこか熱を帯びた気持ちが湧いてしまう自分もいて、正直なところ、私はその視線に少しずつ慣れていきました。
何度も同じバスに乗るうちに、私は自分から少しだけ雰囲気を変えるようになりました。スリットの入ったスカートに、薄手のVネックのセーター。あからさまではないけれど、視線が吸い寄せられる余地を残した服装です。妊娠中でありながら、そんなふうに装ってしまうあたり、自分でも相当だと思います。
案の定、おじいさんの目はいつも以上にしつこく、ねっとりと絡んできました。視線だけで肌を撫でられているようで、私はそのたびに内側からじわじわと熱くなっていきます。何もされていないのに、見られていること自体が刺激になってしまう。そんな自分に、少し呆れながらも抗えませんでした。
我慢がきかなくなった私は、途中の公園前でバスを降りました。病院までの時間にはまだ余裕があり、近くのトイレに逃げ込むように入ります。扉を閉めた瞬間、さっきまで感じていた視線が、まだ背中に残っているようでした。
狭い個室の中で、私はあの男の目を思い出していました。見られているだけで濡れてしまう感覚は、自分でも制御が利きません。下着の中はすでに湿っていて、指先が触れた瞬間、思わず呼吸が乱れました。ひとりきりの空間に、さっきまでのバスの空気がそのまま持ち込まれたようで、身体の奥が勝手に疼きます。
私は急いで身を整えることも忘れ、ただ自分の感覚に身を任せました。熱が集まる場所を確かめるように触れ、少しずつ力を強めていくと、反応はあっという間でした。息が浅くなり、脚に力が入らなくなる。そんな波に飲まれるようにして、私はしばらくその場から動けなくなってしまいました。
ようやく落ち着いてから、慌てて身支度を整え、再びバスに乗って病院へ向かいました。気持ちはまだ少し上ずっていましたが、診察の時間は待ってくれません。お腹の中の子のことを考えれば、ちゃんと受診するのが先です。
その日の診察室で、私はいつもと違う顔を見ました。担当の女医さんがインフルエンザで休みになり、急きょ男性医師が代わりに入っていたのです。最初は少し戸惑いました。けれど、以前から相談していた母乳の出をよくするためのマッサージについて、ちょうど教わる予定でもありました。
恥ずかしさはありましたが、胸の張りが強くなってきていたこともあって、私は説明を受けることにしました。男性医師は、できるだけ丁寧に、こちらが理解しやすいように話してくれました。診察室の空気は静かで、声だけがやけに近く感じられます。
「本日は、最後に母乳が出やすくなるマッサージの説明をする予定ですが、いつもの女医が戻ってからのほうがよろしいですか」
そう聞かれたとき、私は少し迷いました。でも、胸はすでに張り始めていて、放っておくのもつらい状態です。だから、私は正直にお願いしました。
「恥ずかしいので本当はそうしたいです。でも、かなり張ってきているので教えてください」
医師は一瞬だけ言葉を選ぶようにしてから、うなずきました。口頭で説明しながら、必要なら自分で確認していく形になる、と。私はそれを聞いて、妙に落ち着かない気持ちになりました。
「衣服は上だけ脱いでください。できるだけ見ないようにします」
その言い方がかえって意識を強くしてしまいます。私は素直に服を脱ぎ、指示されたとおりに姿勢を整えました。診察台の上で、胸に手を当てながら説明を受ける時間は、思っていた以上に長く感じられます。
しばらくして、私はあることに気づきました。医師の声が少しだけぎこちなく、視線の置き場にも迷いがある。落ち着いているようでいて、こちらの反応をかなり気にしているのが伝わってきました。
私は、ほんの少しだけ踏み込んだ言い方をしてみました。
「先生、ここのやり方が少しわかりにくいです。もしよければ、実際に触れて教えてもらえませんか」
その瞬間、部屋の空気が変わったのを覚えています。医師は明らかに逡巡していました。患者に触れることの意味、医療としての線引き、そして自分がどう見られるか。いくつもの葛藤が、短い沈黙の中に詰まっていたようでした。
「本当に、よろしいのですか」
私はうなずきました。覚えたい、という言葉は半分本音で、半分は自分でも止められない好奇心でした。
「お願いします」
医師は、正面からではなく背後に回ると告げました。そちらのほうがやりやすい、という説明でしたが、私はその言い方だけでも背筋がぞくりとしました。やがて、静かに手が触れます。
最初はとても慎重でした。余計な力を入れず、確認するように、少しずつ圧を変えながら、胸の形に沿って動かしていく。説明通りにやっているだけなのに、距離の近さが妙に意識を刺激します。
「こんな感じです。痛みはありませんか」
「大丈夫です。むしろ、わかりやすいです」
そう答えながらも、私の声は少しだけ震えていました。胸の張りは強く、触れられるたびに、そこから熱が広がっていくのがわかります。普段の診察とは違う、もっと個人的で、もっと危うい空気がありました。
医師は私の胸の大きさに驚いたようでした。妊娠前から十分に豊満でしたが、二人目を宿してからはさらに張りが増していました。自分でも、以前とは違う重みを感じていたのです。
「かなり大きいですね。柔らかさもありますが、張りもしっかりしています」
私は少し笑って、これまでの変化を話しました。もともとはもっと小さかったこと、出産を経てサイズが変わってきたこと。そうして話しているうちに、医師の手つきがほんのわずかに変わったのがわかりました。説明のためというより、反応を確かめるような、慎重な動きです。
「毎日続けるといいでしょう。無理のない範囲で、やさしく行ってください」
私はその言葉を聞きながら、胸の奥がじんと熱くなるのを感じていました。医療的な説明のはずなのに、どうしてこんなにも身体が敏感になるのか、自分でもよくわかりません。
それから私は、ほんの冗談のつもりで、少しだけ踏み込んだことを言いました。
「先生、もしよければ、もう少しだけ近くで見てもらえますか」
医師は一瞬、息を飲んだようでした。次の動きが遅れたのを、私は背中越しに感じました。けれど、その沈黙のあとで、彼は逃げずに説明を続けました。
手のひらが胸を支え、指先が必要な場所を確かめるたび、私は思わず声を漏らしそうになります。刺激を求めているわけではない、と頭ではわかっているのに、身体は正直でした。温かい手の感触と、診察室の静けさが、妙に濃く絡み合っていきます。
「少し敏感かもしれません」
そう言うと、医師は短く謝りました。けれど、もうその時点で、私は十分に意識を奪われていました。背中に伝わる気配、近すぎる息づかい、そして自分の胸が自分のものではないように感じる瞬間。すべてが重なって、私はただ黙って受け止めるしかありませんでした。
診察が終わるころには、私はかなり落ち着きを失っていました。医師もまた、平静を装いながら、どこかぎこちない表情をしていたと思います。最後に、彼は明日の昼に会えないかと、控えめに予定を尋ねてきました。
私は少し驚きながらも、断る理由が見つかりませんでした。妊娠中の身体であること、相手が医師であること、そして自分の中にまだ整理しきれない気持ちがあること。その全部を抱えたまま、私は返事をしました。
「はい、大丈夫です」
その一言で、その日の診察は終わりました。
外へ出ると、さっきまでの密室が嘘のように風が冷たく、現実が戻ってきます。それでも、私はしばらくバス停の近くで立ち止まっていました。あの視線、あの手、あの沈黙。どれも頭から離れません。
この先どうなるのか、その時の私はまだはっきり考えていませんでした。ただ、次に会う約束だけが、妙に重く、甘く、胸の奥に残っていました。
続きは、また別の機会に書こうと思います。読んでくれたらうれしいです。