「いや……やめて……!」
声は震えていた。けれど、広志さんは私の拒絶を聞き流すように、寝室の扉を背にして逃げ道をふさいだ。熱を帯びた空気が、いつもよりずっと重い。私はベッドへ押し倒され、咄嗟に身をよじったものの、力が入らない。腰のあたりが抜けたみたいに頼りなくて、床へ這い逃げることさえできなかった。
「お義母さん、そんなに怖がらなくてもいいじゃないですか。今日はゆっくりしましょうよ」
その言い方が、妙にやさしいのがいちばん怖かった。私は首を振り、必死に腕を引こうとしたが、広志さんの手は思った以上に強い。視線が胸元へ落ちた瞬間、体の奥がひやりとした。隠そうとしても、すでに遅い。ブラウスのボタンは乱れ、布地はあっけなく引きはがされていく。
「……きれいだな。お義母さんって、本当にきれいな身体してますよね」
耳元で囁かれるたび、息が詰まる。私は顔を背けた。けれど、逃げようとするほどに距離は縮まり、肩も腕も、まるで見せつけられるためにあるみたいに露わになってしまう。恥ずかしさと怖さで、胸の奥がひりついた。
「やっ……見ないで……」
そう言っても、広志さんは視線を外さない。むしろ、私の反応を確かめるように、少しずつ呼吸を乱していく。その熱っぽい気配が、部屋の空気をさらに濃くしていった。
私は黒いスカートの裾を引き寄せようとした。だが、その手もすぐに抑え込まれる。体勢を崩されたまま仰向けにされ、抵抗の余地がなくなっていく。布越しに伝わる圧が、じわじわと神経を鈍らせた。嫌だと思うのに、身体だけが別の反応を返してしまう。その事実が、余計に私を混乱させた。
「……もう、わかってるでしょう。お義母さん、反応してますよ」
そんなこと、言われなくても自分で気づいていた。気づいていたからこそ、顔から火が出そうだった。私は必死に唇を噛む。けれど広志さんは、そういう私の小さな抵抗さえも楽しむみたいに、呼吸を深くしていった。
耳元に唇が触れ、次いで、ゆっくりと頬へ、首筋へと熱が移っていく。ぞくりと背筋が震えた。思わず肩をすくめると、広志さんはそれを見て、ますます距離を詰めてくる。抱き寄せられた体は、逃げる隙を失っていた。
「お義母さん、キスして」
突然の言葉に、私は息を止めた。拒みたいのに、顔を背けるほど腕の力が強くなる。乾いた唇が重なり、次の瞬間には、もう自分の意思で動けなくなっていた。やわらかく押しつけられるだけの口づけでは終わらない。息を奪うように深く、執拗に触れられるたび、頭の中が白く霞んでいく。
私は声にならない声を漏らした。恥ずかしいのに、止められない。唇の感触が残るたび、身体の内側まで熱を持っていくようだった。
広志さんの息が、荒くなっていく。私の反応を確かめるたび、その熱は増していった。スカートの裾が持ち上げられ、布地越しの刺激が下腹部にまで響く。私は膝を閉じようとしたが、もう遅かった。身体の奥が、少しずつ自分のものではなくなっていく感覚があった。
「こんなに濡れてる……。お義母さん、もう戻れないですよ」
その一言で、胸の奥がひどくざわついた。否定したい。けれど、息が上ずってしまう。私は何度も首を振るのに、広志さんはそれを許さない。覆いかぶさるようにして、私の逃げ場をひとつずつ奪っていった。
やがて、身体の奥にまで熱が届く。怖いのに、違和感より先に、ぼんやりとした甘い感覚が広がっていく。その変化に気づいた瞬間、私は自分がいちばん怖くなった。受け入れてはいけない。そう思うのに、心は追いつかない。
「……だめ……こんなの……」
かすれた声は、もう抗議になっていなかった。広志さんは私の反応に満足したように、さらに深く抱き込んでくる。密着した体温が、じっとりと肌に残る。私は震えながら、ただその場に縫いつけられていた。
息をつく間もなく、広志さんは私の身体を抱え直した。今度は背中から胸にかけてぴたりと密着し、逃げるより先に、意識を揺さぶるように揺らしてくる。私は自分の呼吸が浅くなっていくのを感じていた。背後から伝わる体温は、嫌悪と戸惑いを同時に連れてくる。
「お義母さん、声が変わってきましたね」
その指摘が、妙に恥ずかしかった。私は何も言い返せない。喉の奥で小さく息が鳴るだけだった。身体はまだ拒んでいるはずなのに、感覚だけが別の方向へ引っ張られていく。頭のどこかで、まずいとわかっている。けれど、視界は少しずつぼやけ、現実感が薄れていった。
「……やめて……」
そう言ったはずなのに、広志さんは止まらない。むしろ、私のかすれた拒絶を合図みたいに受け取って、さらに深く踏み込んでくる。私は息を乱し、肩を震わせた。身体の奥底が熱く疼き、そのたびに理性がほどけていく。
やがて、もう何が恥ずかしいのかも、何が怖いのかも、ひとつひとつ考える余裕がなくなっていた。感じる。感じてしまう。その事実だけが、鈍く重く胸に残る。
広志さんの声は、勝ち誇るようでもあり、どこか夢中でもあった。私の反応を見ながら、彼はさらに深く求めてくる。私はそのたびに体を強張らせ、それでも逃れられない。長い時間が流れたようで、実際にはほんのわずかな間だったのかもしれない。けれど、その瞬間の密度は、ひどく濃かった。
「もう、限界ですか?」
その問いに、私は答えられない。答えたくないのか、答えられないのか、自分でもわからなかった。唇を震わせたまま、私はただ目を閉じた。
そして、身体の奥で何かがほどけるような感覚が訪れた。堰を切ったみたいに、全身の力が抜けていく。私は息を詰め、背中を反らせた。恥ずかしいほど無防備な姿で、ただ震えていた。
「……っ、あ……」
短い声が漏れたあと、私はそのままベッドへ沈み込んだ。頭の中が真っ白になって、何も考えられない。熱が引いたあとに残るのは、言葉にしにくい空白だった。広志さんはそんな私を見下ろしながら、満足したように息をついた。
「……大丈夫ですか」
その声は、さっきまでとは違って静かだった。私はうまく返事ができず、ただ浅くうなずくしかない。身体は重く、まるで別人のものになったみたいだった。
しばらくして、広志さんは私から離れた。熱が引いていくのに合わせて、部屋の空気も少しずつ冷えていく。私は乱れた衣服を抱き寄せ、震える手で身支度を整えた。鏡を見るのが怖くて、視線を合わせないまま寝室を出る。
外へ出たとき、夜の空気はひどく冷たかった。私は足元を確かめながら、ほとんど夢遊病者のようにマンションを後にした。帰宅してからも、しばらくは何も手につかなかった。シャワーを浴び、服を着替え、リビングのソファに沈み込む。それでも、肌に残った感覚は消えなかった。
ビールを飲み干しても、頭はぼんやりしたままだった。時間の感覚が曖昧になり、ただ、玄関が開く音だけがやけに鮮明に響いた。
「あれ? ママ、何してるの?」
絵里の明るい声が、リビングに入ってくる。私は返事を探したが、うまく言葉にならない。娘の顔を見ることすら、少し怖かった。
絵里は私の様子を気にするふうでもなく、当然のように続けた。
「広志さんのところへ戻るね。でも、たまにはこっちにも来るって。パパとママにも会いたいんだって」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がひどく冷えた。私は何を言えばいいのかわからないまま、ただ絵里の顔を見つめていた。平然とした娘の声が、さっきまでの部屋の熱を、別の形で呼び戻すようだった。
私はその夜、ほとんど眠れなかった。何かが確実に変わってしまったことだけは、はっきりしていた。家の中の空気も、娘との距離も、もう前と同じではいられない。静かな部屋の中で、私はただ、次に来る朝を待つしかなかった。
