かなり間が空いてしまったが、話の続きになる。楽しんでもらえたら嬉しい。
「いらっしゃいませ♪」
店先に立った可憐が、来店したお客へ明るく声をかけた。扉を開けたばかりの男性は、思わず足を止めている。
「あちらのお席が空いております♪」
「あっ……は、はい……」
その反応も無理はない。たぶん彼は、新しく開いた喫茶店を軽い気持ちで覗いてみただけだったのだろう。そこへ、あんな笑顔で迎えられたのだから、平常心でいられるほうが不思議だ。
可憐の笑顔には、妙な説得力がある。人を一瞬で黙らせるような、そんな強さがあった。初見なら、ほとんどの男がああなる。さっきの客も、すっかりしどろもどろだ。
「メニューはこちらになります♪」
「あっ……えっと……」
「お決まりになりましたら、お呼びください♪」
「あ、あの!……お、オススメは?」
待ってました、と言わんばかりに、可憐は花が咲くような笑みを浮かべた。
「はい♪ オススメは、当店オリジナルのブレンドコーヒーです。本日は開店記念ですので、セットにはクッキーが付きます。お得ですよ♪」
「……じゃ、じゃあ、それを……」
「ありがとうございます。当店のブレンドコーヒーは……」
これは、もう常連候補だな。
「池内さん! ブレンドコーヒーの注文です!」
「うん。種類は?」
「カ……カレン、です」
「あいよ」
結局、ブレンドコーヒーの名前は、そのままモデルになった女の子の名を付けることにした。Kaede、Asuka、そしてKaren。三つ並ぶと、妙にしっくりくる。
セットにすると、クッキーかプチケーキが付く。クッキーの種類は選べるが、おまかせでも構わない。隣では可憐が、楽しそうにクッキーを選んでいた。たぶん、さっきの客はおまかせにしたのだろう。
「……一番合うクッキーは……♪」
嬉しそうに迷う姿も、いちいち可愛い。だが、俺も手を止めているわけにはいかない。
コーヒーが落ち、可憐がそれをお客の席へ運ぶ。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ♪」
戻ってきた可憐は、少しだけ胸を張っていた。
「美味しいと思ってくれるといいんだけど……」
「大丈夫だ。あれは常連になる」
「クス♡ それは、ちょっと楽観しすぎじゃないですか?」
もちろん、コーヒーそのものにも自信はある。だが、可憐の笑顔の破壊力には敵わないかもしれない。実際、さっきの客は何度も彼女のほうを見ていた。
「?……あっ……いらっしゃいませ♪」
可憐は気づいていない様子だ。
開店から一時間ほどで、席の半分は埋まっていた。滑り出しとしては悪くない。そう思っていたのだが、昼前から一気に客足が伸びた。
あっという間に満席だ。急いで外に椅子を並べても、すぐに足りなくなる。
「池内さん! 3番さん、あすかさんのセットとハムチーズサンドをお願いします!」
「了解! ……はい、4番さんコーヒーセット!」
「わかりました! 運びます!」
交代で昼食を取るつもりだったのに、その時間すらない。昼過ぎから明日香が手伝いに来てくれて、ようやく回るようになった。とはいえ、まさかここまで混むとは思わなかった。
「ありがとうございました。また、よろしくお願いします♪」
「あ、ああ……また来るよ。お、美味しかった。ご馳走様」
「ありがとうございます♪」
すごいな。あれは絶対また来る。
足取りがふわふわしている。まあ、可憐はやらんが。
可憐人気を少し甘く見ていたらしい。参った。
その後は、全員でなんとか初日を乗り切った。
「明日香、ありがとう。助かった」
「あ〜疲れた。すごいね、かなり繁盛してるじゃない」
「初日だけじゃないといいけどな。可憐もお疲れ。まともに昼食も取ってないだろ。簡単で悪いが、パスタを作るから少し待っててくれ」
「大丈夫です。まだまだ元気ですよ!」
可憐が、力こぶを作るような仕草を見せる。……もちろん、迫力は皆無だ。
「可憐は途中でつまみ食いしてただろ」
「えっ! ちょ……ちょっとだけです! 意地悪です!」
「ははは。……でも、今日は無理させて悪かった。疲れたろ?」
「さっきも言いましたが、私はまだまだ元気です。なんなら、もう一度お店を開けてもいいですよ♪」
「いや、それは勘弁してくれ」
「クスクス♡」
「……仲いいわね」
「まあな。……本当に助かったよ」
俺は淹れたてのコーヒーを明日香に出し、可憐はすかさずクッキーの皿を添えた。
「なんか……長年連れ添った夫婦みたい」
「っ……」
「そ、そうか?」
そう言われると、少し照れる。
やがてパスタができあがり、三人で並んで食べながら、今日の反省会になった。全体としてはうまくいったが、細かな点ではまだ改善の余地がある。
「やっぱり、その時は順番に……」
「いや、それだとどうしても遅れるよな」
「だったら、あえて後回しにしてみるのはどうかな?」
「……なるほど。使えるかもしれません」
和やかな空気で話していると、店のドアが静かに開いた。
カラン……
「あ……すみません。今日はもう……」
「閉店後にすまない。……池内、久しぶりだな」
俺は立ち上がって頭を下げた。
「お久しぶりです、貝塚社長」
「そんなに固くならなくていい。ここでは社長はなしだ」
入ってきたのは、俺が前に勤めていた会社の社長だった。そして、今回可憐に乱暴を働いた会社の社長でもある。
「こちらが?」
「そうだ。……可憐、このあいだ迷惑をかけた男が勤めていた会社の社長だ」
貝塚は深く頭を下げた。
「このたびは、弊社の社員が多大なご迷惑をおかけしました。心よりお詫び申し上げます」
「えっ、あ、いえ……私は大丈夫ですから。頭を上げてください」
相変わらず律儀な人だ。普通、大きな会社の社長がわざわざ直接謝りに来るだろうか。だが、こういうところが貝塚らしい。
俺は、会社員時代の自分がこの人と一緒にいたことを、今でも誇りに思っている。会社を辞めたあとでも、彼が変わっていないとわかって、少し嬉しかった。
「こんな形でしか誠意を示せず申し訳ない。……お見舞いとして受け取ってもらえないだろうか」
「えっ……そんな、受け取れません。私は、ひどいケガをしたわけじゃありませんし」
「目に見える傷だけがすべてではない。会社を預かる者として、謝らないわけにはいかないんだ。押し付けになってしまうが……」
可憐が困っている。そろそろ助け舟を出すか。
「可憐が困っているので、ここらで勘弁してもらえませんか」
俺が口を挟むと、貝塚社長の雰囲気が少しだけ和らいだ。可憐もほっとした顔をしている。
それから、今回の件について少し話した。
あの男は懲戒解雇。さらに親父のほうも、いろいろとやらかしていたらしく、こちらも懲戒解雇に加えて刑事告訴を検討中だという。
「そこまでですか。ろくでもないですね」
「よく言う。池内の情報をもとに、こちらで裏を取っただけだろ。鬼の池内は健在ってところか」
「やめてください。もう、ただの喫茶店の店主ですよ」
このあたりが落としどころだろう。可憐も気にしていないようだし、これ以上やると逆恨みの火種になる。
しばらくして、貝塚社長は帰っていった。
帰り際、彼はもう一度頭を下げる。
「このたびは本当に申し訳なかった。本日とは別に、改めて会社から見舞いをさせてもらう」
「……え?」
なるほど。今日は個人的なものだったのか。
「えっと……また来るってことですか?」
「良かったな。また臨時収入がありそうだ」
「……も、もう十分なんですけど。封筒も、かなり厚かったですし……」
「もらえるものはもらっておけばいい。困るものじゃないだろ」
可憐はずいぶん恐縮していたが、後日、さらに大きなお見舞いを受けて半ば放心することになる。
「さて……明日もあるし、帰るか」
「はい!」
疲れているはずなのに、夕食はやけに豪華だった。無理をしなくてもいいのに、と思う。
案の定、風呂では少し眠そうにしていた。うつらうつらと目を閉じる可憐は、見ているだけで心配になる。……もちろん、それにかこつけて悪戯はしていない。少しだけだ。
「今日は……私、頑張りました。……だ、だから、その……一緒に……」
甘え方が、いちいち可愛い。
「今日は、一緒に寝るか?」
「はい!」
やれやれ。俺の理性は持つのか。
さすがに疲れているところへそういうことをするのは、少し気が引けた。今夜は我慢一択だろう。そう思っていたのに――。
「えっと」
「頑張った子には、ご褒美が必要です」
それ、俺へのご褒美という意味だろうか。
気づけば可憐は、裸のまま俺の上に身を預けていた。熱い吐息が近い。柔らかな気配が、すぐそこにある。
思わず息を呑む。手の置き場に困って、髪をそっと撫でるしかない。
「ん……」
「気持ちいいですか? 私は……撫でられるの、好きです」
もう、どうしろというのか。
可憐の頬に手を添えて、ゆっくり顔を寄せた。
重ねた唇は、ひどくやわらかい。何度も、何度も確かめるように触れる。
「可憐……いいか?」
「……はい」
そっと体勢を変え、今度は俺が上にくる。最初は優しい口づけだったのに、次第に熱を帯びていく。舌先が触れ合うたび、可憐の呼吸が乱れていった。
「はぁ……ん……」
一生懸命、俺に合わせようとする可憐が愛おしい。
口づけの余韻を残したまま、唇は首筋へ、さらに胸元へと降りていく。
「はぁん……」
胸に触れた途端、可憐の吐息が甘く変わった。やはり、そこは弱いらしい。
形のいい胸を包むように揉みながら、唇と舌で何度も刺激を与える。すると、可憐は小さく身を震わせた。
「あぁん……か、噛んじゃ……ダメ」
「だめか?」
「ちょ……ちょっとなら……いいです」
可愛い。とても可愛い。
痛くならないように気をつけながら、愛撫を重ねていく。指先を下へ滑らせると、すでにそこは濡れていた。
「準備は、もうできてるみたいだな」
「そんなこと言っちゃダメです」
軽く睨む顔すら愛しい。
「頑張った子には、ご褒美が必要だろ?」
「えっ……」
唇と指先の行き先を、少しずつ下半身へ移していく。
「あっ……ちょっと……」
可憐は声をこらえながら、必死に俺に応じていた。小さな反応がいちいち大きくて、見ているだけでこちらの理性が削られていく。
やがて、可憐の身体が大きく跳ねた。
「……イジワルです」
「そうか? でも、イジワルはまだこれからだ」
「えっ……あっ……まだ……」
急いで準備を整える。
「い、いつの間に……」
「悪い。もう限界だ」
俺は自分を可憐の中へ押し込んでいく。
「ちょっとだけ……待っ……」
「すまない。諦めてくれ」
熱に包まれる感覚が、あまりに強かった。可憐の身体は、驚くほど素直に応える。
「あっ……あっ……だめ……すぐ……」
何度も揺れる声が、布団の中に溶けていく。
可憐は嫌がるように首を振ったが、もう止められなかった。
「も、もう……逝く……」
身体が大きく反り返り、ぎゅっと締めつけられる。可憐は息を乱しながら、しばらく身を震わせていた。
正直、少しやりすぎた気はする。だが、後悔はしていない。
一度終わっても熱は収まらず、そのまま二度目に入った。終盤の可憐は、一つ動くたびに甘い声を漏らしていた。
……さすがに、すごかった。
今は布団から顔半分だけ出して、俺を睨んでいるつもりらしい。実際には、火照った頬と甘い吐息のせいで、怖さはまったくない。
「……私、怒ってます」
「悪かった。可憐があまりに可愛かったから、ついな」
「つい、じゃないです。ついじゃ……本当に怒ってますから。やりすぎです」
「……嫌いになったか?」
「!……き、嫌いには……なりません」
「じゃあ、好きか? 俺は大好きだ」
「う〜〜〜〜」
可憐は俺の胸に顔を埋め、小さな声でつぶやいた。
「……好き。大好き。誰よりも大好き」
「……ありがとう」
俺は彼女を抱きしめ、ゆっくり頭を撫でた。
「……勃ってます」
「可憐を抱きしめてるからな。我慢してくれ」
「……も、もう一回……したいですか?」
「もちろん」
「そ、即答……ですね……」
可憐は真っ赤になりながらも、少しだけ視線を上げた。
「……あと、一回ぐらいなら……」
よし。言質は取った。
正直、こちらもまだまだ収まりそうにない。若い相手に引っ張られているのか、それとも単純に、可憐が愛おしすぎるのか。たぶん、その両方だろう。
次の夜も、きっと静かでは終わらない。
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