還暦を目前にして、思いがけず手に入れた相手がいた。
彼女は30歳。子どもがいて、夫は会社勤め。見た目だけを見れば、最初は少し戸惑うところもあった。けれど、会って話し、触れ合っていくうちに、そんな印象はあっという間に変わっていった。
むしろ驚かされたのは、その大胆さだった。こちらが想像していた以上に、彼女は欲望に正直で、ためらいがなかった。経験の深さを感じさせる動きは、年齢差を忘れさせるほどで、気づけばこちらが翻弄されていた。
最初の夜は、ただ夢中だった。久しぶりに味わう高揚感に、理屈はどこかへ飛んでいった。彼女は慣れた手つきで応じ、こちらの呼吸を乱し、最後まで主導権を握るようにして熱を高めていった。終わったあとに残ったのは、疲労よりもむしろ、妙な満足感だった。
彼女は自分の過去も隠さなかった。若い頃からいろいろな男を知ってきたこと、かつて夜の店で働いていたこと、そうした話を平然と口にした。驚くような内容なのに、いやらしさよりも、どこか吹っ切れた明るさが勝っていた。
こちらも次第に、彼女といる時間を待ち遠しく感じるようになった。仕事帰りに会っては短い時間を濃く過ごし、休みの日にはホテルで長く一緒にいる。会うたびに空気が熱を帯び、何気ない会話すら前戯のように感じられた。
彼女との関係で印象的だったのは、遠慮のなさだ。欲しいものを欲しいと言い、嫌なことは嫌だと伝える。その潔さが、むしろ安心感につながっていた。年齢も立場も違うのに、不思議と対等に感じられたのは、そのせいかもしれない。
一度だけ、知り合いも交えて刺激の強い夜になったことがある。男三人で彼女を囲むような形になり、場の熱は一気に高まった。普段なら到底踏み込めないような空気なのに、その夜の彼女は終始落ち着いていて、むしろ楽しんでいるように見えた。
その姿を見ていると、こちらが年齢を重ねたことなど、どうでもよくなってくる。衰えたと思っていた感覚が、彼女に触れられるたびに少しずつ戻っていくようだった。生きている実感がある。そんな言葉が、いちばん近い。
もちろん、後ろめたさがまったくなかったわけではない。相手には家庭があり、自分にも生活がある。けれど、その危うささえ、会っている間は現実味を失っていった。目の前の彼女の笑い方や、ふとした沈黙のほうが、ずっと鮮明だった。
彼女はときどき、何でもない顔でとんでもないことを言う。初めての経験をしたときの話、これまでの男たちの話、そして今の関係をどう思っているのか。軽口のようでいて、どこか本音が混じっている。その曖昧さが、かえって忘れがたい。
会うたびに、こちらは少しずつ彼女に依存していった。抜いてもらうためだけの時間もあれば、ただ隣で過ごすだけの時間もある。どちらも等しく濃く、どちらも等しく必要だった。年を取ると、刺激だけでは続かない。だが、彼女には不思議と飽きがこなかった。
夜が更けるころ、彼女はいつも少しだけ優しくなる。強気な顔の奥に、ほんのわずかな甘えがのぞく。その瞬間がたまらなかった。抱きしめる手に力が入る。離したくない、という感情が、理屈を追い越していく。
やがて、彼女と過ごす時間は日常の一部になった。会社帰りの短い逢瀬。休日のホテル。急に呼び出される深夜。どれも特別で、どれも当たり前みたいに積み重なっていった。
還暦を前にして、こんなふうに心も体も振り回されるとは思わなかった。だが、振り返ってみれば、それは嫌な驚きではない。むしろ、年齢だけでは測れないものがまだ自分の中に残っていたと知れたことが、静かな救いだった。

彼女との関係は、きれいごとでは語れない。けれど、あの濃密な時間だけは、今も鮮明に思い出せる。欲望と秘密と高揚が、ひとつの夜に詰め込まれていた。
そして、そんな夜を重ねるうちに、私は改めて思った。人は年を取っても、誰かに強く惹かれることがある。心が動くときの熱は、案外、若い頃よりも深く残るものなのかもしれない。