あの初対面から、一ヶ月が過ぎていた。
ゆうは、気づけば毎日のように彼とメッセージを交わしていた。何気ない挨拶から始まって、次に会う日の相談、どんな服を着るか、どんな遊び方をするか。画面の向こうのやり取りは、いつしか生活の一部というより、心を占める習慣になっていた。
相手は、あのときと同じように穏やかで、少し意地悪で、それでいて妙に優しかった。
「今度は、いろんなゆうくんを見てみたいな」
そんな言葉が送られてきた数日後、ゆうの部屋に段ボール箱が届いた。送り主の名前を見た瞬間、胸が妙にざわつく。開けてみると、中には何着もの衣装が丁寧に畳まれて入っていた。可愛らしいものから、思わず目を逸らしたくなるほど大胆なものまで、どれも彼の好みがはっきりと滲んでいる。
それだけでは終わらなかった。布の下から、細い練習用の器具と、初対面の夜に見たあのサイズ感を思い出させるような、ずしりと重い本格的なものまで出てきたのだ。
ゆうは、思わず息を呑んだ。
「お尻のほうも、少しずつ慣れていけたらいいな。無理はしなくていいけど、興味が出たら一緒にやろう」
添えられたメッセージは、軽い冗談のようでいて、妙に逃げ道を塞ぐような熱を持っていた。けれど、ゆうは嫌ではなかった。むしろ、心臓がひどく速く打っていることに、自分でも驚いていた。
その夜から、ゆうは少しずつ試すようになった。シャワーを終えたあと、ローションを手に取り、細い練習用のものを慎重に扱う。最初はただ異物感ばかりが際立って、気持ちよさを探す余裕なんてなかった。体の奥が戸惑って、うまく力が抜けない。ほんの少し進めるだけで、呼吸が浅くなる。
それでも、諦める気にはなれなかった。
次に会うとき、自分が何もできないままではいたくない。そう思うほど、彼の存在は大きくなっていた。
やがてゆうは、方向を変えた。お尻の感覚を急いで追うのではなく、別のところから慣れていこうと考えたのだ。あの夜に見た、熱くて太い感触。喉元まで迫ってきた圧。記憶だけでも、身体が反応してしまう。
そこで、彼と同じくらいの大きさの器具を使って、口で受け止める練習をするようになった。
最初は、ただ先端を舐めるだけでも息が乱れた。舌の上に乗る感触が生々しく、あのときの記憶が一気によみがえる。唾液をたっぷり絡めて、少しずつ深く含む。慣れないうちは喉が強張って、思うように動けない。それでも、何度も繰り返すうちに、音の出し方や力の抜き方が少しずつ分かってきた。
電話越しに、その音を聞かせたこともあった。
画面の向こうで彼が低く笑い、少し掠れた声で「いいね」と言ったとき、ゆうは自分が褒められたこと以上に、ちゃんと届いているのだと知って嬉しくなった。恥ずかしいのに、やめられない。そんな感覚が、いつの間にか癖になっていた。
自分でも驚くほど、ゆうは変わっていた。
以前の自分なら、こんな服も、こんなやり取りも、すべて冗談のまま終わっていたはずだ。けれど今は違う。彼に見せたい、褒められたい、もっと反応を引き出したい。その気持ちが、自然と行動を変えていく。
そして、待ちに待った二度目の約束の日が来た。
指定された通り、ゆうは服の下に牛柄のビキニを忍ばせていた。鏡の前で見たときは、あまりにも突飛で、自分でも笑いそうになった。けれど、彼に会うと思うと、その奇抜ささえ心強い装備のように感じられるのだから不思議だ。
ホテルのドアが閉まった瞬間、空気が変わった。
彼はゆうをソファへ座らせると、急かすでもなく、ひとつひとつ丁寧に服を外していった。布が落ちるたび、隠していたものが少しずつ姿を現す。ブラウスの下から見えた牛柄のビキニに、彼の視線が止まった。
「似合ってる。すごくいい」
その一言だけで、体の奥がじんわり熱くなる。彼の手は遠慮なくゆうの身体を確かめ、丸みや柔らかさを撫でていく。触れられるたびに、恥ずかしさと安心感が同時に押し寄せた。
「お風呂、一緒に入ろうか」
そう言われて、ゆうはうなずいた。牛柄のまま浴室へ向かうのも、今ではもう変に思えない。泡立てた手で彼の身体を洗っていくと、低い声で笑われる。逆にゆうのほうも、丁寧に洗われた。温かい湯気の中で触れられると、感覚がどんどん鋭くなる。
彼の手つきは雑ではない。だからこそ、余計に乱される。優しさの中に、確かな熱がある。
シャワーを終えて部屋に戻ると、今度は別の衣装が用意されていた。ピンク色のナース服だ。短いスカートと、太ももに食い込むストッキング。可愛らしいのに、どこか挑発的で、着た瞬間に自分の姿を直視できなくなる。
彼は満足そうに目を細めた。
「じゃあ、診察してもらおうかな」
ゆうは、わざとらしく丁寧な仕草で彼の前に膝をついた。ふざけた言い方をしながらも、心の中では緊張が渦を巻いている。けれど、その緊張すら楽しめてしまうのが、今の自分だった。
練習してきたことを、ここで全部試す。手の動き、口の使い方、呼吸の合わせ方。ひとつひとつを思い出しながら、ゆうは彼を喜ばせることに集中した。唾液をたっぷり使って、音が立つほど丁寧に扱う。反応が返ってくるたび、胸の奥が熱くなる。
「前より、ずっと上手くなってる」
その褒め言葉は、思っていた以上に効いた。
単純だと思う。けれど、単純だからこそ強い。ゆうは、ただ嬉しくて、もっと頑張りたくなった。気づけば、時間の感覚は曖昧になっている。部屋の静けさの中で、ふたりの呼吸だけがやけに近い。
やがて彼は深く息を吐き、ゆうの口元に熱を残した。
その余韻が消えないうちに、今度はゆう自身がベッドへ導かれる。ナース服のスカートがそっと持ち上げられ、視界がふっと変わる。さっきまで世話をしていた側が、あっという間に受け取る側へ回る。その切り替わりが、ひどく甘かった。
彼の口づけるような愛撫に、ゆうは思わず声を漏らす。女の子に相手にされたことなど、これまで一度もない。その事実が、今この瞬間の異様な幸福感をさらに際立たせていた。
自分が女装していること。相手が年上の男であること。恥ずかしさと快感が同じ場所で絡まり、思考を溶かしていく。数分も経たないうちに、ゆうは力が抜けるように達してしまった。
しばらくして、ふたりは並んでベッドに座った。熱が少し落ち着くと、ようやく会話が戻ってくる。ゆうは、ずっと気になっていたことを正直に打ち明けた。お尻のほうは、まだ思うように慣れない。焦っても空回りするだけで、どこをどう探ればいいのか分からない、と。
彼は、責めるでもなく、ただ静かに頷いた。
「ひとりで急がなくていいよ。一緒に少しずつ、反応を覚えていけばいい。ちゃんと気持ちいい場所を見つけられるように、見てあげる」
その言い方が、妙に優しかった。
ゆうの胸の奥に、じわりと熱が広がる。怖さがないわけじゃない。けれど、それ以上に期待がある。自分の知らない感覚を、誰かと一緒に探していく。その想像だけで、心が浮き上がりそうになる。
「次に会うときは、もっと違うゆうくんになってるかもしれないね」
彼のその言葉を聞いた瞬間、ゆうは顔を赤くしたまま、何度も頷いていた。
帰り道、夜風は少し冷たかった。それなのに、身体の奥はずっと熱いままだった。駅までの道すがら、ゆうは何度も今日のことを思い返す。触れられた感触、褒められた声、そして次に待っていると言われた時間。
怖い。だけど、楽しみだ。
その二つが混ざり合った高揚感を抱えたまま、ゆうは家路についた。

それからしばらく、ゆうは鏡の前に立つ時間が増えた。服を着替えるたび、自分の輪郭が少しずつ変わっていく気がする。見た目だけではない。誰かに見られることを前提にした仕草や、声の出し方まで、以前とは違っていた。
彼との関係は、ただの遊びでは終わらなかった。むしろ、会うたびに深くなっていく。どこまで行くのかは分からない。けれど、分からないからこそ、ゆうはその先を知りたくなっていた。
次の約束が来るまでの時間さえ、もう退屈ではない。
あの人に会えば、自分はまた少し変わる。そんな予感が、胸の奥で静かに膨らみ続けていた。
終わり。