妻は若いころから、まるで成長記録を残すように自分の姿を撮りためるのが好きだった。服を着たままの何気ない表情から始まり、やがて下着姿、そして年を重ねるにつれて、より大胆な映像へと変わっていった。
最初はただの趣味だった。けれど、記録はいつしかふたりだけの秘密になり、子どもが生まれてからしばらく止まっていたその習慣も、三十代に入るころには静かに戻ってきた。今度は妻の同意を得て、私はカメラを回しながら、彼女の素顔を何度も見つめ直した。
照明を落とした部屋で、妻は少しだけ緊張した顔を見せる。けれど、レンズの前に立つと不思議なほど落ち着いていた。背中を反らせた姿、膝をついた姿、息を整えながらこちらを見る目。その一つひとつが、ふたりの時間の濃さをそのまま映しているようだった。
やがて、そうした撮影にも慣れが来る。どれだけ角度を変えても、どれだけ台数を増やしても、同じ場面の繰り返しでは満たされなくなっていった。もっと刺激がほしい。もっと先へ進みたい。そんな気持ちが、私の中で少しずつ膨らんでいった。
そこで浮かんだのが、外の誰かを交えた関係だった。私にとっては自然な延長のように思えたし、刺激を取り戻すにはそれしかないようにも感じていた。だが、妻は首を縦に振らなかった。きっぱりと、何度頼んでもだめだった。
妻は私にとって最初の相手だった。二十二歳まで手つかずだった彼女が、今ではこうして家庭を守りながら、私の隣で笑っている。その事実があるからこそ、なおさら私は別の景色を見てみたくなったのかもしれない。
性格の問題だった。思い立つと、どうしてもやりたくなる。あきらめるより、何か方法を探してしまう。私は知人を招いては宅飲みを開き、場の空気を少しずつ崩していった。その中から妻が相手を選んでくれれば、と思ったこともある。だが、彼女は最後まで頑固だった。
そんなある日、兄の長男が受験のために一週間ほど我が家へ泊まることになった。高校三年生。若さと無邪気さの残る年頃で、妻はすぐに世話を焼き始めた。食事の支度、部屋の気配り、声のかけ方まで、どこか母性のようなものがにじんでいた。
私はその様子を見ながら、ふと妙な考えを抱いた。もしかしたら、年下の男なら妻の気持ちも動くかもしれない。そう思って、半ば冗談めかしながら、誘惑してみろと妻に持ちかけた。だが返ってきたのは、あきれたような笑いだけだった。
その反応に腹が立ったわけではない。ただ、どうしても一歩進めたかった。私は眠らせてしまえば何とかなるのではないかと考え、薬に頼ろうとした。ところが、思い通りにはいかなかった。妻には効き目が出ず、逆に私のほうが強い眠気に襲われてしまったのだ。
目を閉じた瞬間から、記憶はあやふやだった。部屋の灯り、誰かの足音、カーテン越しの朝の気配。そんな断片だけが、ぼんやりと残っている。そして次に意識が戻ったとき、私は妙な痛みで飛び起きた。

尻の奥が焼けるように痛かった。触れると、かすかに血がにじんでいる。頭の中が真っ白になった。状況を飲み込むまでに、少し時間がかかった。眠っているあいだに、兄の息子にやられたのだと理解したのは、そのあとだった。
彼は男色だった。若さの勢いなのか、歪んだ好奇心なのか、その真意まではわからない。ただ、私の体に残された痛みだけが、あまりに生々しく事実を語っていた。笑い話にできる余裕など、そのときの私には残っていなかった。
ところが、妻だけは違った。彼女は私の狼狽を見て、しばらくしてから大声で笑い出した。からかうような笑いではない。長年連れ添った相手だからこそ出る、呆れと可笑しさが混ざった反応だった。私は顔から火が出そうになった。
それ以来、歩き方まで変わってしまった。無意識に内股になる。姿勢を正そうとしても、どこかぎこちない。口を開けば、妙にやわらかい言葉が先に出ることも増えた。自分でもおかしいと思うのに、体と癖はなかなか元に戻らなかった。
あれほど刺激を求めていたのに、最後に残ったのは、予想もしなかった痛みと、笑われた悔しさだった。思い通りに進めようとしたはずのことが、あっけなく裏返る。人の欲は、時に自分の首を絞める。私はそのことを、身をもって知ることになった。
今では、あの夜のことを思い出すたび、妙に苦い気持ちになる。欲望に突き動かされていた自分、止めるべきところで止まれなかった自分、そして何より、何もかもを見透かしたように笑った妻の顔。どれも忘れられない。
あの日からしばらく、我が家の空気はどこかおかしかった。妻は時おり思い出したように吹き出し、私はそのたびに黙り込む。けれど、長く暮らしていれば、そういう気まずささえ日常の一部になっていくものだ。
傷はやがて癒えた。だが、心のほうは簡単には治らない。あの一件で、私は自分の欲の扱い方を少しだけ覚えた気がする。追いかけすぎれば、思わぬ形で跳ね返ってくる。そういうこともあるのだ、と。
そして今も、妻はあのときの話を持ち出しては笑う。私は苦笑いで受け流すしかない。恥ずかしい記憶ほど、なぜか消えないものだ。むしろ、時間がたつほど輪郭がはっきりしてくる。
あの夜の失敗は、私にとって忘れがたい教訓になった。刺激を求める気持ちそのものは消えない。それでも、越えてはいけない線がある。そこを踏み外したとき、待っているのは快楽ではなく、取り返しのつかない後味だけだった。
今振り返れば、あれは欲望に振り回された男の、あまりにも情けない顛末だったのかもしれない。けれど、情けなさごと抱えて生きていくのが、夫婦というものなのだろう。笑われても、からかわれても、結局は同じ家で暮らし続ける。
だから私は今日も、少しだけ歩き方に気をつけながら、妻の横で日常を過ごしている。あの夜の痛みはもう遠い。けれど、ふとした瞬間に思い出すたび、背筋がぞくりとする。忘れたくても忘れられない体験とは、たぶんそういうものだ。